TRPGをやりたい!

電源・非電源ゲーム全般の紹介・考察ブログ

ストーリー的なシナリオは〈壁〉と〈経路〉でできている

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 先日の記事で「迷路からダンジョンを作り、それが実は探索系のゲームでも通じるよね」という議論を展開しました。あのシリーズではあの調子で専用の語彙を作りながらどんどん議論を複雑化していく予定です。

 しかしあんな調子で具体例なしに進み続けると、途中で何のために書いているのかわからなくなりそうだったので、ちょっと一呼吸という意味でも、実践的な利用法を挟んでおくことにしました。今後も理論1+実践1という手順で進めていこうと思います。

 

 

そもそも壁と経路って?

 前の記事に戻って概念を思い出すのが面倒な方のために整理しておきます。

  • 〈壁〉 ダンジョン・シナリオにおいて通行不可能性をもつ部分
  • 〈経路〉 〈壁〉で囲われており通行することができる部分

trpg.hatenablog.com

 このブログは本来TRPGシナリオについての考察ブログだったので、TRPGシナリオの製作法として提案していきます。

 

〈壁〉と〈経路〉によるシナリオの考え方

 迷路を作ることが目標になります。通常迷路は平面に描かれますが、シナリオとして作る場合には、まず経路図を抽出して単純化して作ることをお勧めします

経路図を抽出する

 経路図とは、通行可能な経路を実線と点線で描き、迷路それ自体から取り出して開始地点と目標地点を直線になるようにほぐした図です。言葉で説明すると厄介に聞こえますが、目で見ると大変単純なものだとわかります。

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 左の迷路から抽出される経路図が右のものです。経路図は一つの水平な直線と、それに垂直に伸びる複数の枝で構成されます。

3つのブロックに分ける

 続いて経路図を3つのブロックに分割します。序盤・中盤・終盤、こうしておけば隙がないと思います。

dic.nicovideo.jp

終盤

 そのうえで、最初に結末を決めてしまいましょう。プレイヤー達はどこへ向かうのでしょうか? 最後に何に直面して、何をするのでしょうか。

 ここで重要なのは、シナリオの解釈までも固定しないようにすることです。その事件を受けてプレイヤーキャラクター達が何を感じ、何を語り、どのようにして事件を終わらせようとするのかは、たとえストーリーシナリオであっても規定しないよう心がけましょう。

クトゥルフ神話TRPGシナリオの終盤構想の例

 もう一度芸術家のアトリエに向かうと、そこには目を背けたくなる異形を描いた絵画と、芸術家の服だけが残されていた。もし探索者が奇怪な光を浴びていれば、このとき彼方よりのものたちが部屋をさまよい歩く様を目撃することになる。

序盤

 次に物語の開始地点を決めます。終盤の展開が決まっていれば、その手前に当たる状態を順に5つほど作ってみてください。どの時点を開始時点とするのが適切なのかは、そのシナリオで何をしたいのかによって変化します。

クトゥルフ神話TRPGシナリオの序盤構想の例

 終盤の構想から1歩ずつ遡っていきます。

  1. 芸術家の危険を感じた探索者は、芸術家の元へ向かう
  2. 学者が突如として姿を消してしまう
  3. 偶然にも芸術家と同じようなことを言う学者に出会う
  4. 奇妙な世界の存在について語る芸術家の話を聞く
  5. 友人の芸術家がついに個展を開くと聞く

 標準的なシナリオでは5歩後ろから始まりますが、短く済ませるなら4番から始めるのも妥当かもしれません。今回は5番から始まる標準的なものを採用してみましょう。

 この遡っての段階記述はそのまま中盤の構成にも利用することができます。

 

〈壁〉のデザイン

 以上の手順を経れば、シナリオの骨格が完成します。この方法は感覚的には「骨組みを作り肉付けする感覚」に近く、厳密には〈壁〉と〈経路〉はまだ作られていません。そこでシナリオを経路図的な骨組みから迷路的な構造に平面化させる作業を始めます。

〈手段〉と直通路

 プレイヤーにとってシナリオは、ゲーム的に有利になるオブジェクト(前回の記事で〈手段〉と一般化しました)が配置された空間です。彷徨を通じてそうした〈手段〉を発見し実際に機能させたあと、本筋の実線の〈経路〉に帰還するのがプレイヤーの想定される行動です。

 経路図は単純化された骨格図ですが、実際には迷路として平面に複雑な構造を持ちます。このとき、プレイヤーの開始地点と〈手段〉を結ぶ直線は、迷路の経路とは全く無関係に〈壁〉を貫きます。目的地と現在地を結んだ赤い直線はプレイヤーにとっての理想的なラインであるということを忘れてはなりません。

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〈壁〉の設計

 この直通路を遮断するために、〈壁〉を設計する必要があります。序盤から瞬く間に終盤に入れない理由や一定の手順を経ずして重要な情報やアイテムにたどり着けない理由を生み出す作業であり、プレイヤーの彷徨をデザインする作業です。

クトゥルフ神話TRPGシナリオの〈壁〉の例

個展の最中に芸術家に話しかけられ、後で少し話があるから会場内、あるいは退屈したらバックヤードで待っていてくれないかと頼まれる。

 この指示はプレイヤーの行動範囲を個展の会場からその控え室までの範囲に限定する指示です。この指示は〈壁〉を特徴付けるために書かれており、シナリオの内側と外側を定義づけています。したがって、ここで会場外に出ればシナリオから逸脱すると暗黙裡に伝えることができます。

〈経路〉の設計

 〈壁〉を作ったら、その内部が単線的にならないよう、枝をつけましょう。枝ははじめその末端にある〈手段〉を設計することから始め、その〈手段〉に到達する経緯を〈壁〉で覆うことで設計することができます。

クトゥルフ神話TRPGシナリオの〈手段〉の例

 会場内には絵画のモデルとなった女性がいる。絵画では美しく描かれているが、実際の彼女の顔は青白くやつれている。彼女は芸術家が次に制作しようとしている絵画が恐ろしい狂気の世界を描いたものだということを知っている。

 

クトゥルフ神話TRPGシナリオの〈手段〉へ向けた〈壁〉の例

 しかし彼女は探索者と芸術家の会話後にはバックヤードで休息を取っている。彼女の体調を慮った行動をとったり〈精神分析〉に成功しない限り、彼女は会話ができる状態にはならない。さらに〈信用〉に成功することで、彼女は次の情報を追加で語ってくれる。 

 この記述法は〈壁〉をデザインしています。彼女から情報を得るためにただ話を聞くと宣言するのではなく、一定の作業が必要であり、それなしには彼女から得られる情報にはたどり着かないという制限が課されているからです。

 この記述は暗黙裡に他の方法による解決を禁じています。この例で言えば、彼女の〈信用〉を得る代わりに金品をあげたり〈言いくるめ〉を試みるような手段は肯定されていません。そうした手段では目標を達成することができないものと“解釈する”のが、シナリオの〈壁〉的な理解です*1

 

〈壁〉的なシナリオの特徴

 そのように言われると幾分不自由に思われるかもしれませんが、こうしたシナリオ構造にも利点があります。

利点

展開制限性

 特にアドリブによるシナリオ展開を不得手とするゲームマスターにとって、発生しうる状況が限定されているのは安心感につながります。また、プレイヤーにとっても、自分自身の行動がシナリオの展開に即しているという安心感を得ながらプレイすることができます。

 旧来のコンピューターゲームは特にアドリブに弱いことから、この形式のゲームシナリオが好まれてきました。特定のフラグを立てることで次のイベントが解放されたり、通ることのできない〈壁〉が街やダンジョンを形作っている場合、この形式が採用されていると考えましょう。

 その点一般的な方法ではありますが、デメリットもあります。なによりも、プレイヤーの自由な発想を次々と否定する結果に陥りかねません。シナリオ側が定めた手順を順にこなすことに興味を抱かないプレイヤーにとって、この形式のシナリオはそう面白いものとは感じられません。実際にはそうでなかったとしても、“一本道”とか“水平思考ゲーム”とかいう指摘を受ける場合があります。そうしたデメリットを回避したい場合、次回以降に扱う別の解釈でシナリオを設計・解釈することを強く推奨します。

物語遂行性

 〈壁〉的なシナリオでは、〈壁〉の間をなぞるという約束さえ守っていれば、必ず物語の序盤と中盤、終盤へと進むことができます。そもそもこの形式のシナリオのモデルは迷路でした。迷路は一意的な解として実線の〈経路〉を持ち、少なくとも壁の間をなぞるという技術さえあれば、遅かれ早かれゴールに到達することができます。この特徴がシナリオにも引き継がれていることになります。

 この特徴から、シナリオそれ自体がナンセンスに終わることは発生しにくくなります。どんなに効率的な移動を実現したプレイヤーであっても、実線の〈経路〉だけは必ず通過することになるため、物語の解釈に必要最低限の情報が揃っていることが期待できるからです。

 したがって何らかのストーリーを表現したい場合、〈壁〉的なシナリオとして構築・解釈することで、それを実現することができます。ただし、ここでいう「ストーリー」は、「ナラティブ」と対比する意味で用いられていることに注意が必要です。ストーリーはシナリオとして既に完成した〈経路〉である一方、ナラティブはプレイヤーが通過した〈軌跡〉を意味します。〈軌跡〉についてはこの連載の次回に扱うので、今は「シナリオそれ自体に描かれた物語を実現しやすい」と理解しておいてください。

〈壁〉的なシナリオの注意点

 以上の性質からも明らかですが、物語や展開、情報を「必須のもの」と「補助的なもの」の二つに区別して運用する必要があります。「必須のもの」は実線の〈経路〉上に全て配置し、逸脱するものは全て「補助的なもの」として扱わなければなりません。

 このことは非常に重要であるため強調しておきます。もし脇道にある〈手段〉を取得しそびれた場合に物語が理解不能になる場合、シナリオは失敗しています。理由は明白で、〈壁〉型の利点の一つである物語遂行性を失うからです。あくまで脇道に配置されるのは物語を深める要素であるべきです。

 

小結:初心者向けの構造

 〈壁〉と〈経路〉で作られたシナリオは、コンピューターでも扱えるほど堅い構造をしているため、アドリブに不慣れな初心者にとって最も扱いやすいシナリオ構造です。シナリオに必要不可欠な情報と補助的な情報を区別して、必要不可欠な情報を必ず通過するように〈壁〉を描き、補助的な情報への直通路を塞ぐ〈壁〉を設置して迂回路を作れば、シナリオが整えられます。

 ただし、この構成はシナリオ側の想定から逸脱しようとするプレイヤーに対し脆弱性を持ちます。そうしたプレイヤーに対応した脆弱性の低いシナリオ構造を実現するためには、さらに設計理論を複雑化させる必要があります。

 次回以降、〈壁〉と〈経路〉を融解させ、より自由で脆弱性の低いシナリオ構造への展開を論じていきます。

 

 

次回へつづく

*1:実際には解釈に過ぎません。アドリブが得意なゲームマスターが進行する場合、こうした〈壁〉はしばしば踏破可能な〈崖〉に転じます。次回でこの点について論じます。