【クトゥルフ神話TRPGシナリオ】糸に囚われて(改訂版)2/4
その結末は、おそらくは必然だった。——運命の糸をたどるように、日本屋敷の宿にたどり着いた探索者たち。養蚕業を営んでいたというその屋敷には、歴史を語る機織り機が置かれている。平穏に思われたその宿で、思いもよらぬ恐怖の渦中に身を置くこととなるのだった。
イベントスケジュール
このシナリオの大まかな展開をあらかじめ整理しておく。オープニング〜恐怖の開始まで
上記のオープニング処理後、恐怖の開始まではキャラクタープレイのために時間がとられている。二つの宿の情報が錯綜しているため、家族経営なのか職員がいるのかを巡って小さな違和感は生じるものの、それが探索者たちへの脅威になることはない。
恐怖の開始〜2階への到達
探索者が恐怖の存在に気づくイベントは概ね3通りある。- 旅館から出ようとして、白い繭のような何かに旅館が覆われていることに気づく
- 機織り機に興味を持ち、体験を申し出て、稲葉明子を布にしてしまう
- 廊下で謎の少女に遭遇し、糸となって崩壊する様子を目撃する
いずれかが発生すると、すべての探索者の左手中指の先から光る白い糸が7cmほど出る。引っ張ると指先がほつれて消滅を始める。何が起こっているのかを理解する必要があると判断するには十分だろう。
この部分での探索は2階への到達を中間目標とした自由探索として組まれている。フロントから鍵を盗み出すか、2階の扉で鍵開けに成功すれば次の段階に移行する。
2階の探索〜クライマックス
2階に到達するとこの屋敷全体が狂気の病巣となっていることが明らかになる。その光景を目にするには判定が必要だが、それに一人でも成功すれば、中庭に狂気の中枢があることがわかる。中庭から探索の開始まで
そもそもこのシナリオでは、序盤に探索者たちが探索を行うような理由がない。それゆえ、探索者たちは普通に入浴や食事などの宿泊を楽しむことができる。交流ラウンジでなら、ボードゲームや卓球を楽しむことができる。違和感の始まり
稲葉りりは何者なのか
それらのエンターテインメントを楽しんでいると、いずれのグループの探索者であっても、稲葉りりが姿を現して声をかけてくる。彼女はそうした遊びが好きで、一緒に遊びたいらしい。グループBの探索者にしてみれば、彼女は誰か他の宿泊客の子供だろうと考えられるが、グループAの探索者との会話でその推測が誤りだと明らかになるだろう。「いえ、ここの旅館は私たち家族しかいないはずですよ。お父さんとお母さんを見間違えたんじゃないですか?」
露天風呂の時刻ずれ
キーパーの酔狂で露天風呂の時間が二つの時空でずれてしまった場合、探索者たちが鉢合わせになってしまう可能性がある。露天風呂の入り口には壁に打たれたフックに板がかけられており、男湯女湯の掲示がされている。しかし稲葉りりと元木が互い違いに首を傾げながらこれを切り替えてしまうため、タイミングが悪いと男女が鉢合わせになってしまうのだ。入浴中で鉢合わせになりたくない探索者が〈幸運〉に成功すれば、元木や稲葉りりが掲示を切り替えるタイミングと重なり、闖入者を防ぐことができる。これも違和感の一つではあるが、おそらくキャラクタープレイイベントとして処理されるだろう。
「こういういたずらは良くないと思うんですけどね」稲葉りり
「浴場入り口に板を出しておいたはずですが、誰かが返してしまったんでしょうか……」笹原
食事の提供
探索者たちが望むなら、自分の客室か交流ラウンジ横の食堂スペースのどちらでも食事をとることができる。このとき食事を運んでくるのは必ず元木だが、いずれかの部屋の視界外に出ると元木は消滅している。このため〈聞き耳〉に成功することで、足音が一切聞こえないことを感知することができる。それに気づいて後を追えば、忽然と姿を消しており、探索者は悪寒を覚えることになる。さて、食事は地元の海産物を使った料理で、刺身やフライなどこれでもかとばかりに大量の料理が運ばれてくる。大食いの探索者でなければ全てを食べるのは難しいかもしれない。
「いえ、そのような若い方は宿泊なされていないはずですが……もちろん、職員としても高校生はおりませんし……」
職員や稲葉親子が部屋を出た後の足音が一切聞こえない。
忽然と消えた人物 0/1
プレイヤーの情報
探索を開始するにあたって、明確な怪奇事件を発生させる。開始時点からすでにこの日本屋敷から外に出るのは不可能だったのだが、これ以降は館全体が糸巻きに巻かれたように白い糸で覆われており、館が明確に封鎖されたと理解することができる。ただし露天風呂だけは別で、衝立を登って外を見れば、セピア調の戯画めいた1743年の光景が広がっている。この光景を目撃すれば正気度判定が求められる。セピア調の過去 0/1D6
また、目隠しの衝立を超えてそのセピア調の世界に逃げ出せば、その探索者の体の方々から糸が伸びており、屋敷を包む白い糸とつながっていることに気づく。すでに体の一部の糸がほぐれるように消失しており、戻らなければ全身が糸となり消滅するのは明らかだ。
ほぐれゆく自己 1D3/1D10
探索者が異次元への逃走を諦め帰還すれば、失われていた身体部位も元に戻っている。もはや何が現実で何が幻覚なのかの判断がつかない混乱状態に陥っていると自覚することができるだろう。
事件の発生
食事の後に探索者の誰かが廊下に出ると、10時に営業を終えた露天風呂の清掃に赴く元木に遭遇する。腕まくりをした元木は何かに操られているように焦点の合わない目をしている。探索者が声をかけても反応することなく脱衣所を開くと、その体全体から淡く光る糸が放射される。糸が勢いよく放射すると元木は四肢の末端から順に消滅し、あとには露天風呂を掃除するための道具すら残らず糸としてどこか上の方に巻き上げられてしまう。その様子はさながら布がほつれるようであり、極めて不吉な印象を探索者に与える。以降元木は二階の無限の糸繰のイベントを除いて登場しない。この減少による正気度消失として以下の正気度判定を実施するが、これ以降、同様の現象が各所で発生する。それら同一の減少を前にしての正気度消失では、失った正気度の合計は最大で10を上限とする。このため、この減少によって消失した正気度はキーパーあるいは各プレイヤーが記録しておくのが望ましい。
従業員の消滅 1/1D10
フロント
異常事態にも関わらず、職員はなんの焦りも感じておらず、通常の業務をこなす。それゆえフロントなど職員しか立ち入ることのできない場所で調査を行うためには、誰かが気を引いたり、〈忍び歩き〉や〈信用〉などの技能ロールに成功しなければならない。ただし、すべての従業員が消滅したあとであればこの限りではない。したがって、最後に消滅するのはフロントで番をしている笹原である。過去の宿泊記録の調査
2時間ほどをかけて、宿泊客の記録を調べることができる。〈経理〉あるいは〈図書館〉に成功すればこの時間を15分程度に短縮することができる。宿泊客の中に稲葉親子や元木・笹原などの名前を確認することができる。かつてこの宿に宿泊した人物が、どういうわけかオーナーとか職員と自認して行動しているようだ。
2階の鍵
フロントには2階の階段を上ったところにある扉の鍵が保管されている。これも〈言いくるめ〉や〈忍び歩き〉、〈信用〉などの技能成功によって獲得することができる。従業員のうち二階について認識しているのは、稲葉りりと従業員の笹原だけである。この二人は、それ以前の雑談において疑問を口にすることがある。
「この家の二階って見たことないんですよね。なんか薄暗くて危ないとか言われて……」稲葉りり
「二階についてはオーナーから入らないようにと厳しく言われておりまして……」笹原
笹原の消滅
すべての従業員(元木、稲葉明子、稲葉敏朗、稲葉りり)の消滅後なら、笹原の消滅イベントを実施する。このあとフロントの調査には何の技能判定も必要なくなる。笹原は混乱し恐怖している探索者たちを見て、次のように提案する。
「どうでしょう、皆様を落ち着けることに長けた方を存じ上げているのですが、お呼びしましょうか?」
これに同意すれば、笹原は本来通じていなかった(探索者たちが耳を当てても音がしておらず使えなかった)はずの電話を取り上げ、何やらダイヤルをする。
「不言(いわず)先生と言うのですがね、この宿のかかりつけの先生で、みなさんを必ずお助けくださると思いますよ」
そう言うと、受話器を差し出すが、その指先から糸が二階へ向けて伸びて行く。そしてこれまで同様に笹原も十数秒のうちに糸となって消滅してしまうのである。受話器は床に落ちるが、そこから微かな息遣いが聞こえてくる(探索者が接近を渋るなら〈聞き耳〉を挟んでも良い)。
従業員の消滅 1/1D10
不言先生
不言(いわず)先生とはすなわちニャルラトホテプである。この旅館の状況を作り上げた張本人であり、全ての元凶だ。探索者が笹原の落とした受話器を手に取ると、その声はその場にいる全員に聞こえるように響く。「そろそろわかったかな?」
探索者たちがすでに真相の一部を理解しているようなら、基本的には不言先生は探索者たちをよく褒める。
「その通りだ。だから二階を見てみたいとは思わないかい?」
フロントの上にどこからか二階の扉の鍵がガチャリと音を立てて落ちる。
「そこでそれぞれの生きる現実の綿を見つけるといい。そこが君の担当だ。そうすればやっと、彼女も長い眠りから覚める。ずいぶんな金をもらったからね」
「もし気に入らないなら、機織り機を使えば気分も晴れるさ。仕事の大切さもわかるだろう」
以上はやってはならないことリストとなっている。しかし「自分の生きる綿を見つける」という行動だけは実施するべきだ。