ゲームシナリオにおける〈壁〉と〈経路〉
ヘンテコなタイトルに思われるかもしれませんが、今日は案外いい発見を報告できるのではないかという気がしています。TRPGに限らず、ゲームシナリオにおいてプレイヤーが通過する「経路」をどうデザインするかという課題は様々な側面から議論されています。
ゲームシナリオにおける多様な経路付けの方法について理解するために、迷路・ダンジョン・箱庭という順番に話を複雑にしていきます。少し長くなりますがどうぞお付き合いください。
壁の中に経路を描く
迷路が作り出す経路
最も古典的な迷路を考えてみましょう。僕の方でかなりシンプルなものを用意しておきました。
この迷路の正解ルートに実線を引き、間違いのルートに点線を引いてみると、次のような経路が浮かび上がります。
このように、迷路は潜在的に経路を含んでいます。
壁と経路
以上で説明したことはあまりにも当然のことで、いまさら指摘するまでもないかもしれません。しかしこの考え方は以降の議論に大変重要であり、慎重に理解する必要があります。
はじめに示した迷路には経路は描かれていませんでした。迷路に描かれていたのは通行不能性を示す実線のみであり、この実線とそれに挟まれた空白が迷路を構成しています。しかし、僕がやったのと同じ経路を誰でも作ることができるでしょう。このことは、迷路という構造が一意的に経路を含んでいることを示しています。
比喩的に言えば、ちょうど円形のドーナツ、あるいはホースの管のような関係です。ドーナツそのものは円環状の実存物しか持ちませんが、誰もがそこに穴の存在を見ます。ホースの管も同じ性質を持ち、管の外壁部分しか存在しませんが、そこに空洞が連なっていることがホースをホースとして存在させています。もしその部分までゴムで満たしたら、もはやホースではなくなります。
そこで迷路において実在しているものを〈壁〉と呼ぶことにしましょう。迷路は通行不可能な〈壁〉と通行可能な〈空洞〉からなり、〈空洞〉はその総合として〈経路〉を形作っています。
ダンジョンの壁と経路
迷路からダンジョンへ
迷路をそのままファンタジーアドベンチャーのダンジョンに転用してみましょう。皆さん経験があるかと思いますが、アドベンチャーのダンジョンでは行き止まりの道にしばしば何かオブジェクトが置かれています。攻略を容易にするアイテムや追加の報酬、あるいは特殊なモンスターなどが配置されています。
先ほどの迷路にそれらのオブジェクトを配置してみましょう。
点線の経路の先にオブジェクトを配置し、実線の経路の上に対応する色でゲートを配置してみました。こうするだけでなんとなくプレイヤーの動きを想定することができます。
第一のゲートを通過するために鍵が必要なので、プレイヤーはそれぞれの分岐を再確認して鍵を探すことになるでしょう。第二のゲートを通過するために中ボスの緑ドラゴンを倒さないといけないとわかり、これも探すことになるでしょう。
このダンジョンの見取り図に違和感を抱く方は少ないでしょう。たしかに幾分単純すぎるものの、アドベンチャーのためのダンジョンとして機能してくれることでしょう。
オブジェクトが生み出す空間評価
迷路と同じように経路を描くことができる点で、〈壁〉と〈経路〉の性質はダンジョンにも引き継がれていることがわかります。しかし、このときプレイヤーの経路が変化していることに注意が必要です。必ず通過することになる部分を実線に修正しておきましょう。
さて、いったいなぜこのような変化が生じたのでしょうか。もはや考える必要もありません。他ならぬオブジェクトの仕業でしょう。〈壁〉が配置されていないにも関わらず、オブジェクトが配置されただけで経路が変化を被りました。つまりダンジョンでは〈壁〉以外の要素が〈経路〉に影響を及ぼしうるのです。
この効果を空間評価と呼びましょう。プレイヤーにとって特定の位置の意義を高め、本来点線だった〈経路〉を実線に変更する効果です。なお、〈経路〉に点線と実線があることも空間評価のひとつです。したがって、〈壁〉も空間評価を生み出す力を持ちます。
線から面へ:広場の設置
オブジェクトとゲームメカニクス
オブジェクトが空間評価をもたらすとき、もう一つの要素を考える必要があります。すなわちゲームメカニクスです。ゲームメカニクスとは、プレイヤーの持っている資源を変換する機構全体のことを言いますが、ここではそれぞれのオブジェクトがそのメカニクスの中で果たしている役割を考えるという意味で指摘しています。
最も典型的なのはモンスターの存在です。モンスターと戦うとHPやMP、場合によってはアイテムを消費してしまいます。一般的なアドベンチャーでは、その代わりに経験値や報酬を追加することでプレイヤーに利益を提供します。このとき、経験値や報酬が欲しいプレイヤーはHPとMPを支払ってそれを購入する交換関係が成立しています。
戦略設計と実行
つまり、プレイヤーにとってオブジェクトはゲームをうまく進めるための〈手段〉となっています。このとき、二つのゲームが迷路の中に共存し、プレイヤーはジレンマの中に置かれます。迷路の中を彷徨うことそれ自体がゲームの主目的だったはずなのに、それら〈手段〉を組み合わせて自分にとって望ましい展開を作ることこそ主目的であるかのように呼びかけられるのです。
このとき、プレイヤーにとって〈経路〉は〈手段〉に到達するための《通路》へと変貌してしまいます。《通路》とは、その移動それ自体に価値が生じない〈経路〉のことです。《通路》は往復性をもつためプレイヤーに新しい体験をさせることがなく、ゲームの〈手段〉への到達をいたずらに手間のかかるものにしてしまっています。
広場と滝:手段の利用を快適にする
上図に描かれた赤の実線は《通路》を示しています。ここで《通路》を可能な限り排除したダンジョンデザインのために、二つの操作を行います。
広場の生成
第一の操作は、《通路》の束を解消するために〈壁〉を取り除くことです。《通路》の束が形成されている場所は、通常その迷路の正解路になります。この部分の〈壁〉を取り除くことで、プレイヤーの意識はより〈手段〉の選択に傾けられることになります。
この操作によって生み出される〈壁〉のない空間を〈広場〉と呼びます。〈広場〉はそれ自体がひとつの交差点になっており、この例では4つの〈経路〉への入り口を持っています。
滝の生成
第二の操作は、1本の《通路》を解消するために一方通行性のある〈壁〉を配置します。たとえば鍵を取得した際、広場に戻るために来た〈経路〉を戻ろうとすれば、そこに新しい出会いはなく、《通路》として作業然としたプレイ感になってしまいます。そこで鍵の下の〈壁〉を上から下にだけ通過することのできる特殊なものに変更してみます。
同じ操作を繰り返すと、マップから《通路》の大部分を排除することができます。この操作によって発生した一方通行性のある〈壁〉を〈滝〉と表現します。上から下に落ちることしかできず、これを登ることができないという〈滝〉の性質からの比喩的な表現です。
補足:〈広場〉と〈滝〉を使わない《通路》排除
他の方法として、戻り用の〈経路〉を制作し、ループ構造を繋げるというものがあります。どちらの道から入ってもよく、どちらの道から出ても良い状態にし、その両方から到達できる地点にオブジェクトを配置します。この場合、来た道を戻れば《通路》になりますが、来た道でない道を進めば〈経路〉になります。この場合、来た道を戻るか否かはプレイヤーの判断に従います。
小結:広場と経路の構造
以上の作業を通じて、ダンジョンマップは〈広場〉と〈経路〉、それを形作る〈壁〉によって構成される状態になりました。プレイヤーは広場に侵入するといずれかの〈経路〉を選択してゲームメカニクスを回転させ、HPとMPを消耗して経験値やアイテムを獲得すると、速やかに〈広場〉に戻ります。そこでまた次の〈経路〉に挑み、対応する成果を得て〈広場〉に戻るでしょう。
概念上の〈壁〉と〈経路〉へ
ここで別の種類のアドベンチャーゲームを想定してみましょう。たとえば探偵となって事件の謎を追うミステリーアドベンチャーゲームでも、この議論が当てはまることがわかります。
具体的に考えてみましょう。〈広場〉として探偵事務所が存在し、はじめに2人の参考人と1箇所の現場が選択肢としてプレイヤーに提示されます。プレイヤーが参考人Aを選択すると、参考人Aとの会話が始まります(〈経路〉への侵入)。その会話の途中ではプレイヤーの能力に応じて難易度の変わる会話ゲームが用意されていて、プレイヤーは最終的に情報を獲得して探偵事務所に速やかに帰ります(〈滝〉の通過)。
このとき、物理的な壁がゲーム中に存在していないにも関わらず、〈壁〉と同じ役割を果たす何かが存在しています。このことから、ダンジョンを作ることと広くゲームシナリオを制作することの間には概念上大きな差は存在していないという予測を立てることができます。とはいえ、この点は頭の隅に置いておくにとどめ、まずはダンジョンからより多くの〈壁〉を取り除くことに挑戦してみましょう。
次回へつづく