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探索空間理論に基づくシナリオ工学の基礎2

前回の記事

trpg.hatenablog.com

からの続きです。

 

探索空間の構造論の3つの照準【工法・構造・機能】

 以上の考察から提唱された探索空間構造論には、互いに補い合う関係にある3つの領域が含まれている。すなわち工法論と構造論、そして機能論である。それぞれの領域は異なる目的を有した領域であるが、互いの発展が互いの発展につながるという意味で相補的である。

 以下にそれぞれの領域の目標と研究視座を整理しておく。

 

シナリオ工法論

 第一の領域であるシナリオ工法論は、一般的には「シナリオの書き方」とか「シナリオ構築法」といったノウハウとして論じられている領域に最も近い領域である。主要な目的は探索空間の機能的・構造的に理にかなった設計を実現するための手順開発にある。

暗黙知から形式知へ

 シナリオ執筆の手順はそれ自体が多分に暗黙知に満ちており、これまで心構えやいくつかのノウハウ、あるいは禁止事項の一覧などが共有されているに過ぎなかった。これまでこのような状況に陥っていた原因は多岐に渡るのだが、特にシナリオ構造論が不足していたことと、統一的な議論フレームが存在しなかったことは重大な原因と推測される。

 これらの反省を踏まえ、シナリオ工法論の分野ではシナリオの構築過程を形式知に基づいた作業へと変換できると前提する。シナリオ工法論では構造論において発見された探索空間の諸構造を実現するための複数の手法を開発し、シナリオ製作者が状況に応じて使い分けながら、適切に工法を決定して実際に組み上げることができるというところまで、シナリオ構築の過程を形式化することを目指している。

マクロ工法論とミクロ工法論

 特に探索空間理論を前提とするとき、シナリオ工法論は二つの小分野にわかれることになる。すなわちマクロ工法論とミクロ工法論である。

 マクロ工法論とは、機能性構造の再現を目的としており、複数の探索空間の間の関係と結び付け方についての方法論の確立を目指す分野である。セッションにおけるプレイヤーのシーン遷移と結末までのルート形成が主要な役割である。

 一方のミクロ工法論はシナリオ工学における材料工学に該当し、探索空間それ自体の強度を調整するために、探索空間そのものの構成を加工する方法を探求する分野である。特定のシーン内でプレイヤーが重大な誤行動を起こさないように空間そのものを調整する役割を担う。

 これら二つの分野はたしかにシナリオ工法論の小分野として分割できるものの、あくまでシナリオ工法論を構成する二つの領域であり、完全に分化・分離した独自の領域ではないことはここで強調しておく。

 

シナリオ構造論

 第二の領域であるシナリオ構造論は、一般的な用語を使うならば「シナリオ解釈」や「シナリオ批評」と呼ばれるものを、より統一的な理論に基づいて実施しようとする領域である。すなわち完成したシナリオが持っている探索空間の連結構造を抽出し、それら構造を分類・強度評価することを主要な目的とする。

構造論とネットワーク論は異なる

 構造論はシナリオの構造分類を目指すものの、これはシナリオのシーンネットワークの構造を論じるものとは区別しなければならない。シーンや行為項を前提としたネットワーク理論と構造論の最大の違いは、ネットワークグラフの基礎となるノードやエッヂを分析手法に取り入れない点である。

 シナリオをネットワークとして観察するとき、探索者は特定のシーンから複数伸びたエッヂ(行動選択肢)から一つを選択して次のノード(シーン)に移動する存在と見なされる。しかし実際のセッションにおいて、探索者は限られた選択肢から行動を選ぶわけではない。シナリオをネットワークとして理解すると、この認識のズレから重大な失敗につながってしまう。

 そこで構造論ではむしろ、探索者の行動を抑制する条件の構造に注目する。直接的に言えば、「いかにして探索者を次の行為項へ導いているか」より「いかにして探索者に問題解決と結びつかない行動をさせないようにしているか」に力点を置く。比喩的な表現が許されるならば、複雑に分岐した川の流れの全体を論じるのではなく、その川岸の護岸工事の全体構造からシナリオを捉えるのである。

数理モデルによる構造力学の必要性

 構造論が最終的に目指すものは、シナリオ構造の力学的検証と理解の確率である。ここでいう力学とは数理モデルのことを指している。したがって、シナリオ構造論は最終的にはシナリオ各所の強度や全体の強度、あるいはシナリオ構造の複雑さなどを数値的に示すモデル設計を目標としている。

 数理モデルの設計はシナリオ設計技術の形式化には必要不可欠であり、この技法が成長することでシナリオ構造論は主観的解釈学から客観的な理論体系に昇華することができる。長きに渡る検証が必要な分野であるが、このことは初めから視野に入れてしかるべき目標である。

 

シナリオ機能論

 最後の領域であるシナリオ機能論は、静学であるシナリオ工学を動学であるセッション工学と結合させる意図がある。特にシナリオにとって最も重要なのは、プレイヤー・ゲームマスターのプレイ感である。たとえシナリオ構造が優れており、逸脱した行為項がほとんど発生しなかったとしても、シナリオを通じて表現しようとしたことがプレイヤーたちに伝わらなければやはりシナリオは失敗に終わったと言ってよい。

 その点で、シナリオ機能論は表現媒体としてのシナリオの能力と多様性の探求を主要目的とする。特定の構造がプレイヤーたちに与える心象を調査することで、プレイアビリティの向上が実現されることはもちろん、シナリオ表現の可能性が明らかにされることだろう。

シナリオのモードの違いは構造的に表現される?

 機能論研究の一例として、シナリオのモードの違いが構造的に表現されているという仮説を提案することができる。ここでいうシナリオのモードの違いとは、端的に言えばヒロイックストーリーと狂気・悲劇型のシナリオの違い、あるいはパズル型シナリオとの間にあるプレイ感の違いを指している。

 それぞれのモードは描写と展開の違いによって特徴付けられると考えられがちだが、これらを促進するシナリオ構造が存在していたとしても不思議ではない。特定のモードでは特定の構造が頻繁に利用されているなどの発見があれば、それは構造がプレイヤーに印象を与えていると考えるに足る証拠と言える。

 この研究のように、プレイヤーとシナリオの関係をシナリオ構造の側面から議論する分野として、シナリオ機能論は他とは異なる重要な役割を果たすことになるだろう。

 

 

次回:シナリオの静学とセッションの動学について+基礎論まとめ