クトゥルフ神話TRPGシナリオのための生物学講座(1)遺伝子とDNA
遺伝子とかDNAについて解説しているサイトは数あれど、それをクトゥルフ神話TRPGのシナリオライティングのために整理してくれているのなんて、あの「クトゥルフ2010」以外にないんじゃないだろうか…
などと考えまして、今回は、遺伝学の基礎をクトゥルフジョークを交えながら、勉強していくことにしました。
メニューは以下の通りです。
- DNAはノイズの多い魔道書
- 遺伝子を解読する技術の不思議
- ハスターリクと遺伝子
というわけで、クトゥルフ的生物学講座をはじめましょう。
1.DNAはノイズの多い魔道書
そもそも、DNAってなんでしょうね。
人間の地図とか、いろんなことが言われていますけど、要は、4種類の文字で書かれたクッソ長い文書です。
文字はACGTの4種類しかありません。その怪文書を、細胞の中のタンパク質たちが、なんとかかんとか読み解いて、その指示通りに儀式を進めています。
その結果、なんだかよくわからないけど巨大な人間が完成してしまった、というものです。
人間が細胞内のタンパク質だとしたら、クトゥルフ的に言えば、魔道書そのものですね。
クトゥルフ神話TRPGのシナリオに利用するだけなら、この認識でまず問題ありません。
ただ、DNAという魔道書には、フェイクのための偽文書がたくさん紛れ込んでいます。正確には、ノンコーディングDNAと呼ばれるものです。タンパク質たちは、この偽情報に騙されることなく、適切に人間を生み出し続けているのです。
つまり、次の式が成り立ちます。
DNA = ノンコーディングDNA + 遺伝子
本物の情報のことを遺伝子、ノイズのことをノンコーディングDNAと呼びます。
2.遺伝子を解読する技術の不思議
さて、クッソ長い魔道書を読み解くことに慣れた、狂信的なタンパク質さんたちに比べれば、私たち人類はその読み取りに慣れていません。
そこで、いろんな機械を使って、この魔道書の解読を試みてきました。
サプリメント「クトゥルフ2010」にも、PCR法の解説が書かれています。
PCR法というのは、遺伝子を倍々ゲームで増殖する方法の名前です。これを使えば、魔道書の大量コピーを作ることができるんです。
なんで大量コピーを作るのかというと、これを読むのが機械だからなんです。
遺伝子解析機(シークェンサー)は、たった一冊の本を渡されて、それを頭からいちいち解読するのが大嫌いです。もっとこう、ざっと、がしゃっとやる方法を探し求めた結果、同じ本を山ほど用意して、全部ビリビリに破くことにしました。
その断片を全部並べて、スキャナのように一斉に認識します。
そうすると、「こことここ似てるじゃん」という場所を見つけながら、全文を再構成することができるんです。
「それはたとえばこう」
「えばこういうことです」
この二つの断片があったら、なんとなく、「えばこう」の部分が一緒だな、とわかりますよね?そうすると、「それはたとえばこういうことです」を引き裂いた何種類かの断片のうちの一つだとわかるんですよ。
これを、コンピューターを使って、解析したい遺伝子全体にわたって、一気に情報処理させます。こうすれば、長いものを一つ一つ正確に読むよりも、エラーが少なく、そして早く、遺伝子を読み取ることができるんです。
この方法は、クレイグ・ベンターという人が実用化した、「ショットガン・シークエンシング」という方法で、今でも遺伝子解析の基本になっています。
この方法によって、一つ一つの文字を読み取らなくても、全体を一斉に読むことができるようになりました。
でも、この方法、なんかもっといろんなことに使える気がしませんか?
そこで、このベンターさんが編み出したのが、たくさんの種類の生物の遺伝子を、一斉に読み解くという、メタゲノム解析という手法です。
何も同じ本をたくさん破かなくても、一気に本棚の一列に収められた本を複製して、何十セットもビリビリに破いて、この方法で読んでみればいいじゃない。
そんなめちゃくちゃな方法が、成功してしまいました。
具体的に言うと、湖の水を掬ってきて、その中にどれくらいの遺伝的多様性があるのかを、一気に解析することに成功したのです。結果として、顕微鏡で見るよりも、はるかに多くの生物種の発見につながりました。
つまり、人間がDNAの魔道書を読むとき、二つ解析が発達しています。
- 一つの生物の遺伝子を一息に解読する方法
- たくさんの微生物の遺伝子を一息に解読する方法
こういう方法が存在しているということを知っておけば、キーパリング時に科学解析の結果を求められたときに、少しは応答の仕方も工夫できるのではありませんか?
3.ハスターリクと遺伝子
遺伝子を扱ったシナリオを採用する場合、代表的なものとして、みっつの可能性があります。
- グールや深きものの血を受け継いでいる
- ハスターリクが遺伝子を改変して深刻な病を生み出す
- 神話生物研究所的な場所がある
第1のパターンでは、遺伝子は染色体のレベルでしか重要性を持ちません。この場合には、特段の遺伝子解析がなくとも、両親のどちらかが神話的生物だったというだけで、誰も混乱することはないでしょう。
ハスターリクが関わってくる場合には、邪神としての性質から、シナリオは対抗可能な特効薬を作り出したり、ワクチンを完成させたりする話になる場合があります。こうしたシナリオでは、遺伝子に関する知識が必要不可欠です。
また、捕縛された神話生物が国家機密として調査されているならば、なんらかの生物学的研究が行われていても不思議ではありません。この場合にも、遺伝学を絡めたシナリオ展開を生み出すことは十分に可能です。
さて、今回注目するのは、このうちの2つ目、ハスターリクという邪神です。
ハスターリクが創作された時代には、まだ、ウイルスという存在が明らかにされておらず、その設定は細菌扱いです。
ところで、細菌とウイルスって何が違うか、ご存知でしょうか?
細菌は、生物で、細胞膜によって外界と隔てられたものです。病原菌と言われるものは、これに属します。体内の種々の物質を栄養源にしつつ増殖し、血中などにも侵入する場合があります。感染症の多くが、細菌によるものです。
一方のウイルスは、生物かどうか、意見が分かれています。大変小さいため、人間の細胞の中にまで押し入ることができます。細胞のシステムを「間借り」して、自分の遺伝子を増殖するのが、ウイルスという存在なのです。逆に言えば、細胞に侵入しなければ、ウイルスは増殖できません。不完全なDNA運搬体なのです。
遺伝学が登場したことで、ハスターリクの存在は大いに書き換えられる必要があるでしょう。
細菌の集合と考えられていたハスターリクは、おそらく、それらの細胞に変異を促すウイルスの集合だと考えたほうがいいでしょう。
この設定を取り入れると、ハスターリクと思われる病原菌の集合を遺伝子解析すると、特定のウイルス由来のDNAが共通して検知される、という結果が生じます。
このウイルス由来DNAこそ、ハスターリクの本体ということになります。
しかし、この設定、ハスターリクの駆除が不可能ですよね?
中枢となるサーバーをダウンさせれば勝利するパターンと違って、ハスターリクの実態はソフトウェアだったということになります。つまり、それ(ウイルス由来DNA)がインストールされたマシン(細胞)を全て排除するまで、そこでウイルスが増え続けるわけです。
さて、ここでもう一つ興味深いお話を挟みましょう。
私たち人類のDNAのうち、34%までは、ウイルス由来のDNAで構成されています。
はい、そうなんです。
生物は、常に、ウイルスを媒介としながら、体内のDNAを更新しています。
性交渉によって、女性が男性のDNAを取り込んでいる話も、数ヶ月前に話題になりました。
もちろん、それが致命的なエラーを生じる場合には、直ちに発熱などが生じ、正常な機能を取り戻すべく、異常をきたした細胞を排除するという現象が発生します(ウイルス性疾患の発生)。
しかし、すべてのウイルスが、私たちに直ちにそれとわかるエラーを吐くわけではありません。
わたしたちは、知らぬ間に、特定のウイルスと共存し、ウイルス由来のDNAを増殖している可能性だってあります。その場合、そのDNAは有害ではないので、排除する必要はありませんが、シナリオのネタとしては、十分に利用することができるかもしれません。
逆に言えば、他の生物だって、そうやって、環境内の生物と、複雑にDNAの受け渡しを行っているのです。
2013年に、こちらの記事で紹介されていますが、細菌は他の微生物との間でDNAを受け渡ししながら、環境との適応・進化を図っています。
そうなんですよ、思ったより、人間や細胞の「個体」という境界は、曖昧なんです。
その壁を破るのが、「ウイルス」という存在です。
そして、その「ウイルス」が、あなたや他の生物たちに、秘密の暗号を書き残していくんです。
まるで、正常な文書を、たった一カ所書き換えるだけで、魔道書に変えてしまうみたいに。
いや、むしろ、他の遺伝子は、そのポイントが書き換えられる「その日」を待ち望んでいたのかもしれませんね。
どうですか?
ハスターリクを使ったシナリオを書きたくなってきませんか?
こういったシナリオを書くためには、遺伝学の知識が必要です。
逆に考えれば、遺伝学の知識があれば、こういうシナリオだって書くことができます。
あなたの創作の幅を広げるために、一度勉強してみてはいかがでしょうか?