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TRPGシナリオとレベルデザイン、そしてシナリオ記述【クトゥルフ神話TRPG】

静かにしていた間に学んだことをぽつぽつ書く記事第3弾。

 

一般に「ゲームシナリオ」と言うとき、それは「そのゲームでプレイヤーが経験することになる物語」を意味します。しかしTRPGに限定すれば、シナリオは全く異なる概念であることに注意が必要です。

クトゥルフ神話TRPGにおけるシナリオには、二つの要素が追加されています。それぞれ通常のゲーム制作上の用語で「ゲームメカニクス」「レベルデザイン」と呼ばれる要素です。

レベルデザインとは、プレイヤーのゲーム習熟度に応じて適度な難易度でゲームを楽しめるようにする難易度設計を指す用語です*1。一方ゲームメカニクスとは、ゲームの中でどのようなリソースの経済を作り出すかというゲームの力学系を意味する用語です。

今回はクトゥルフ神話TRPGシナリオにゲームメカニクスとレベルデザインが含まれている理由について考察した後、それがもたらす困難とその解決法を整理します。

 

 

 

ゲームの構成要素

そもそもゲームにはどういった要素が含まれているのでしょうか。シナリオに注目すれば、シナリオ部分とゲーム部分という二つの要素が存在していることだけはなんとなく感じ取ることができます。しかしその「ゲーム部分」と大まかに把握している部分についても、より詳細な分解が可能です。

ゲームルール

もちろんゲームにはルールが存在しています。プレイヤーが行える行動の種類を規定し、それが実行された際にゲーム内で行われる処理を規定するのがルールの役割です。

一般的なコンピューターゲームでは、ボタン別の動作やそれを受けてゲーム内の設置物がどのような反応をするのかを規定するのがルールに該当します。たとえば「十字キーの左右でマリオは左右に動く」とか「マリオのファイアボールをうけた敵キャラクターは画面からはじき出される」といった規則がルールです。

ゲームメカニクス

ゲームの要となるのがゲームメカニクスです。最も典型的なメカニクスは、数値の変換の連鎖によって構成されており、ゲーム内に存在している経済とも理解することができます。一般的に述べるより具体例を一つ知ったほうが手取り早いので例を示します。

冒険RPGで、敵と戦うとHPとMPを消費します。しかしこれによって経験値とお金を手に入れます。経験値はキャラクターのステータス上昇に変換され、お金は装備品のステータス上昇に費やされます。こうしてプレイヤーキャラクターの能力が上昇すると、消費できるHPやMP総量が増加し、より多くの経験値とお金を得ることができるようになります。

この一連の過程の骨組みになっているのがゲームメカニクスです。プレイヤーが何を消費して何を獲得し、それが何につながっていて、ゲームトークンがどう循環するのかを規定しています。

レベルデザイン

一方レベルデザインは明確にゲームメカニクスとは異なるものです。ゲームメカニクスが設計されたとしても、はじめにどの程度の敵を登場させ、どの程度の経験値を提供するのが適切なのかは判断できません。ゲーム全体が終わるときにプレイヤーがどの程度のレベルに達していることを想定し、どの段階でどのくらいの経験値を渡すようにデザインするべきなのか、ゲーム製作者はこれを決定しなければなりません。

レベルデザインはアクションゲームの場合より複雑な処理能力を必要とします。プレイヤーの技能の向上を前提として、より複雑なアクションが求められるマップ・ステージ設計を行わなければなりません。この設計に失敗すると、初めから難し過ぎたり、突然難しくなり過ぎたり、逆にずっと簡単過ぎて退屈するようなゲームになりかねません。

 

TRPGシナリオとゲーム

さて、TRPGシナリオではこれらの要素のうち一部がシナリオに含まれることになります。もちろんどの要素が含まれるのかはシステムにもよりますので、ここはソード・ワールド2.5とダブルクロス3rdを引き合いに出してみましょう。

ソード・ワールド2.5

このゲームには明らかにゲームメカニクスが設定されています。プレイヤーはHP・MP、消耗品などのリソースを駆使してエネミーを撃退し、経験点と戦利品を獲得します。この報酬はキャラクターのさらなる成長や装備品の購入に充てられ、より強い敵に立ち向かうのがゲーム内で定められたメカニクスとなっています。

また、このゲームの特徴としてレベルの概念があることが指摘できます。プレイヤーキャラクターにもエネミーにもレベルが設定されており、それぞれのレベルで立ち向かうべき適切な課題がすでに調整されています。この点で、レベルデザインの一部もルールブックの側で実施していると言うことができるでしょう。

ダブルクロス3rd

しかしTRPGはこうしたゲームばかりではありません。ダブルクロス3rdではゲームメカニクスこそありますが、レベルデザインはGMの手に委ねられています。

順に見ていきましょう。このゲームでは、ロールプレイによってロイスという人間関係のリソースを獲得し、これを消費することで戦闘力を獲得し、エネミーを撃破すれば経験点を獲得することができます。キャラクターの強さを決定づけるロイスはシナリオ単位でリセットされますが、経験点によってキャラクターの基礎能力を上昇させることができます。

こうしたゲームメカニクスが整備されている一方、このゲームにはレベルデザインが存在しません。プレイヤーがどの程度の脅威に立ち向かうべきなのかはルールブックで調整方法が指定されているわけではありません。GMがセッション前にプレイヤー達の期待される攻撃力を計算してエネミー設計をすることで、適切なレベルデザインが達成されます。

クトゥルフ神話TRPG

その点、クトゥルフ神話TRPGの性質はかなり特異なものです。そもそもクトゥルフ神話TRPGには経験点の概念はなく、クトゥルフ神話技能と獲得した魔道書などがかろうじてそれに該当すると言えます。正気度を消耗することでそれらを獲得することになりますが、ほかのゲームのようにそれらの獲得が正気度や精神力の上昇を招くこともありません。

しかし見方を変えれば、クトゥルフ神話TRPGにはゲームメカニクスが存在します。「情報」というトークンを介在させれば、プレイヤーは正気度を代償に情報を獲得し、情報が増えることによってより深い事実を解明する行動につなげることができると解釈できます。したがって、ほかのゲームと異なり、クトゥルフ神話TRPGのゲームメカニクスは1つのセッション中でなんども回転して機能しています。

加えて、クトゥルフ神話TRPGでは適切な難易度をルールブックが規定することはありません。ダブルクロスのようにキャラクターを見て調整するわけでもなく、むしろいかなるキャラクターであっても多様な経路を通じて問題解決に至るような箱庭型のシナリオが推奨されます。

 

シナリオ記述とレベルデザイン

理念的にこのように語ることは容易ですが、実際にシナリオを記述する段階でゲームメカニクスの回転やレベルデザインを反映するのは困難です。なぜ難しいのかを分解的に整理することで、記述法発達の理由についても解釈を行いましょう。

記法の分類とそれぞれの効果

同じ情報について言及する際に、二つの記法が存在します。それぞれの記法には意味があり、目的によって使い分ける必要があります。

プレイヤーアクション記法(PLA記法)

プレイヤーの動作と紐づけて記述する方法です。

彼女に対して〈信用〉に成功すれば、彼女は資料2を見せてくれる。プレイヤーに資料2を開示する。

この記法では、ルールに規定された行動である〈信用〉技能を条件にして情報獲得が説明されています。キーパーの認識をひとつの技能に絞ることができるので、シナリオ全体でバランスのとれた技能配分などを意識している場合に有効です。あえてこの記法を採用することで、RPGとしてプレイヤー間の役割分担の適切性をゲームプレイに反映させることができます。

環境記法

逆にプレイヤーアクションと切り離す記法も存在します。

この施設の2階の資料室には資料2が保存されており、係員の女性はそのことを認識しているが、あまりおおっぴらに見せたくはないと考えている。

この記法ではルールに規定された行動名を何ひとつ記していません。しかし女性に対して何らかの働きかけをしなければ資料2を獲得することができないことは伝わります。それに加えて、資料室にあるという記述は、不法侵入による資料回収も可能であるとの情報を含んでいます。

このようにプレイヤーの行動を限定しないことで、キーパリングの自由度を含みこませる記法と言えます。しかしその一方で、シナリオ全体の技能バランス調整は行うことができず、特定の(声の大きな)プレイヤーだけが活躍するような状況に陥ってしまうリスクが伴われます。

ゲームメカニクスの含み込み

二つの記法を前提にするとき、セッション内のゲームメカニクス設計が困難であることが伺えます。たしかにPLA記法を採用すれば、シナリオ内でどの判定が実施され、その結果としてどのような情報リソースを獲得するのかを詳細に指示することができます。その点、ゲームメカニクスを固い構造として組み込みたい場合、PLA記法が採用されるべきでしょう。

一方、環境記法を採用した場合、プレイヤーがどのような危険を冒すかをシナリオ資料側が規定することができません。プレイヤーはしばしば不必要なリスクを負ったのに情報が手に入らなかったり、逆に裏をかいた行動をして低リスクで重要な情報を得たりしてしまいます。このとき、本来の適切なゲームメカニクスは明らかに混乱してしまいます。

レベルデザインの困難

この理由から、クトゥルフ神話TRPGシナリオのレベルデザインは困難さを増しています。もしゲームメカニクスを固い構造として組み込み、適切なレベルデザインでそれを管理しようとすれば、PLA記法を増やす必要があります。一方で、TRPGとしての自由度を確保するために環境記法を増やすと、プレイヤーの行動が放埓なものになり、メカニクスやレベルデザインは混乱を生じ、ゲームバランスの不調を生じます。

 

解決方法は既知

しかしこうした問題の解決方法はすでによく知られています。実際の公式シナリオの構造を分析すれば、PLA記法と環境記法の配分は明らかに工夫が凝らされていることがわかります。

悪霊の家の分析

悪霊の家の記述を見れば、多数の〈〉表記のダイスロール指示を見ることができます。その表記はクライマックスの直前まで続き、空飛ぶナイフのあたりまで詳細に指示がしてあります。調査方面の最終到達点である黙想チャペルについても、そこでの判定とその結果は全て指示が書かれています。

しかし唯一、クライマックス部分だけは環境記法によって書かれています。具体的にどういった判定を実施して問題を解決するのかが記述されておらず、プレイヤーの判断に委ねられています。

死者のストンプの分析

悪霊の家と異なり大部分を状況描写や会話表現に費やしている死者のストンプでも、実はほとんど同じ構造を見て取ることができます。シナリオ開始時の“どたばた”部分も判定の指示は細かく書かれており、その後も会話の合間合間に確実に判定指示が書かれているのが目につきます。

そうした状況が変わるのは「誘拐」パートを経て、「ジョーイの驚き」の項に入ったところからです。このパート以降、減少する正気度量を除けば判定指示は一切書かれておらず、環境記法が採用されていることがわかります。

解決方法

したがって、ゲームとしての安定性を確保しつつ、自由度を確保する手法として、シナリオ記法を変化させるという手法が知られています。シナリオ中の大部分ではPLA記法を利用して適切な流路を設計し、クライマックスの“どたばた”に対しては環境記法を利用することでプレイヤーの介入性を高めるように記述されています。

 

まとめ:シナリオ記述によるレベルデザイン

プログラミングされたコンピューターゲームと異なり、TRPGシナリオではシナリオテキストの記述法によって微細なゲームデザインを実現しなければなりません。シナリオの記述法には主に二種類ありました。プレイヤー制御を前提として確実なゲームメカニクスの駆動を保証するPLA記法と、状況記述にとどめプレイヤーの自由行動に委ねるかわりにメカニクスの駆動を軽視する環境記法の二種類です。それぞれの記法の特徴を活かすようにシナリオ内で適切に組み合わせることで、シナリオのレベルデザインと自由度の保証を行うことができます。シナリオを執筆する際には、アイデアや内容だけでなく、記法にも注意を凝らしてみてはいかがでしょうか。

*1:これ間違いでした。ゲーム内空間のデザインを指す用語です。ここでは誤用ではありますが、誤用の意味で用いているという前提で解釈していただけたら幸いです