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中国語の部屋:ジョン・サールのガバガバ思考実験

昨日の記事で人工知能を扱った際、ジョン・サールという言語学者が登場しました。この人、超有名人なんです。

 

ジョン・サールが示した有名な思考実験に、中国語の部屋というものがあります。なんというか、正直わりとガバガバ思考実験なんですが、どういうものか紹介しておきます。

 

目の前に小さな仮組の小屋があります。そこには薬局の受け渡し窓口のような小さな受け渡し口が開けられています。部屋には中国語の筆談のみに対応しています、と注意書き。

中国語の筆談ならできるらしいので、中国語を書いて渡してみます。

 

你好,你是谁?(やあ、君は誰?)
-我叫超级电脑,我会用中文对话。
(スーパーコンピューターです、中国語で対話できます。)

 

どうやら本当に中国語が理解できるみたいですね。

 

那,你应该是共产党的最新兵器!
(じゃあ君は共産党の最新兵器か!)
-我跟共产党没有关系。是在美国开发的超级电脑。
(私と共産党は関係ありません。アメリカで開発されたスパコンですよ。)

 

さて、こういうやり取りを繰り返していくにつけ、どうやら本当に中国語を理解しているようです。

 

こうなってくるとタネを知りたくなります。部屋の中を調べてみましょう。

 

すると、この部屋に入っているのは、中国語なんて微塵も理解できない英国人だったのです。その部屋には、特定の漢字列に対して対応する漢字列が書かれた一覧表があります。書いてある文字の意味はわかりませんが、左を見たら右を書くということだけが決められていました。

つまり、ただのリスト参照の結果、「まるで中国語を理解しているように見えた」にすぎなかったのです。

 

このとき、この小屋は「中国語を理解していた」といえるでしょうか?

 

ジョン・サールは、結局のところ人工知能は本当の意味で中国語を理解することはできないと論じたかったのですが、これは全くもって不完全な議論です。

 

コンピューターにはデータベース部分とCPU部分があります。CPUは演算を行いますが、記憶もしませんし記憶と比較してわかったとかわかってないとか判断することもありません。人間にしても、記憶と言語野は完全に分かれていないまでも協働関係にあります。

つまりは中に詰められた英国人が中国語を理解していなくても、部屋全体に与えられた機能としては、やはり中国語を理解していたと評価するべきなのです。

 

これはたとえば、数学者から関数電卓と紙と鉛筆を奪ったときに、その数学者が「定積分を計算できない」と評価するのは正しいのかという問題とほとんど同じ問題です。そもそも「言語能力(知能)がある」とはいかなる状態を指し示す言葉なのでしょうか?

 

ここでジョン・サールは言語学者らしからぬ誤解を含んでいたように思います。

その誤解は、コードモデルと呼ばれます。コードモデルでは、言葉には記号(文字や音など)の水準と、意味の水準があると考えます。話者は記号に意味を乗せて発信し、聞き手は暗号解読表に従ってその意味を理解します。ここでは、この暗号解読表こそが言語的能力の本質と仮定されました。

しかし今日の言語学では、推論モデルと呼ばれる仮説の方が優勢です。つまり、話者が伝えようとした意味を直接に理解することは不可能であり、聞き手が独自に意味を推論しているにすぎないという考え方です。様々な補足的情報が誤解を回避させているだけなので、初対面だったり違う会話文化をもっていたりすると、同じ日本語同士でも、意図が通じないことが発生すると考える仮説です。主にダン・スペルベルの「関連性理論」において体系化されたモデルで、言語的能力の本質は意味の推論能力に与えられることになります。

 

言語学における二つの仮説を頭に入れて中国語の部屋に帰ると、思考実験それ自体がコードモデルに基づいて設計されていることがわかります。

コードモデルが一番の失敗を露呈するのは、ダブルミーニングをぶつけられた時です。皮肉を込めた文章や、先ほどの会話を参照したジョークなど、高度な会話を試みたときに、言葉の意味が一つに定まるという前提は崩壊するのです。

 

つまり、この思考実験は二つの意味でガバガバ思考実験です。

第一には、言語能力を「暗号解読表」として抽出したこと。

第二には、暗号解読表の存在そのものが言語能力だと仮定したのに、それを使う人間に中国語能力がないだけで、部屋全体が中国語を理解していないとズラして語ったこと。

 

総じて、中国語の部屋はあまり興味深い思考実験とは言えなさそうです。

 

 

それなら、彼が本当に主張したかった内容を反映した思考実験を組み立てましょう。

ここに精巧に組み立てられた巨大なピンボールゲームがあります。

発射速度とボールの重量・サイズに応じて落下場所が定まっていて、それぞれの場所には何か文字が書かれています。実はボールの打ち出す速さとボールの重さ・サイズには全て暗号表に定められた固有コードが振られています。

 

「今日もいい天気ですね」というコードで初速10m/s、350g、直径3cmのボールが打ち出されることに決まっているのです。

すると、この速さ・重さ・大きさに対応したボールの落下地点には、こう書かれています。

「いや、全くですよ。過ごしやすい天気ですね」

 

さて、このピンボールゲームは言語を理解していると言うことができるのでしょうか?

 

この思考実験については、また今度 中国脳 という思考実験を扱うときにコメントすることにします。

 

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