クトゥルフ神話TRPG用シナリオの執筆プロセスを公開していくぜ!【Part.3】
前回までで、「大量の微生物が服に存在していて、それが人を魅了し、微生物は巨大なサナギへと変化して、人間を溶かして再組成する」というあたりまでは決まりました。
巨大な繭みたいなものが、音信不通になった友人の部屋に転がっていて、よく見ると、それが粒子が集まった粘性の白い液体で構成されたものだとわかる…それは今にも、突き破られ、崩壊し、何かを生み出そうとしている…そんなシーンを思い浮かべます。
そう、ここでわたしは、このシナリオで一番インパクトのあるシーンを想像しました。「一番インパクトのあるシーンで、プレイヤーに何を感じさせたいか」という問題には、必ず向き合わなければなりません。
「一番インパクトのあるシーン」は、シナリオ全体に二つの効果をもたらします。
第一には、そのシナリオにメリハリをつけてくれます。序盤にどかんと恐怖をぶつけるにしても、後半に向けてじわじわと恐怖を煽っていくにしても、どこがメインで、何のためのシナリオなのかを決定するのは、「一番インパクトのあるシーン」に他なりません。
第二には、そのシナリオの「恐怖のスタイル」を決定します。たった一つの死体が立ち上がるシーンを使うのか、大量のゾンビが襲ってくるシーンを使うのか…「一番インパクトのあるシーン」に何を採用するかによって、物語全体の雰囲気も変わってしまいます。
そこで今回扱うのが、「恐怖の種類を選ぶ」という問題です。
1.サナギから生まれるいろんなもの
間違いなく、このシナリオでプレイヤーたちが一番強いインパクトを受けるのは、サナギが破れるその瞬間です。
ここで、いくつかのパターンを検証してみましょう。
(1)昆虫人間が生まれる場合
もし昆虫人間(あるいは、それに類する化け物)が生まれたら、どうでしょうか?
シナリオ内で一番緊張し、固唾を飲んでサナギを見守ったところで、昆虫人間が誕生して、戦闘に移ります。この場合、探索者たちがのちに発見することになる恐怖は、「自分も昆虫人間になってしまうかもしれない」という恐怖です。
この恐怖を採用する場合、自分が少しずつ異常に見舞われていく…例えば腕が節足動物のそれに変わるとか、そういうイベントを仕込まなければ、効果的にシナリオを牽引していくことができません。サナギとの親和性が低いですね。
また、こういう異形の存在は、私たちの前に現れれば、すぐにそれが異常とわかる分だけ、結構優しい恐怖です。
これも以前レビューした「祝山」において言及されていますが、一番やばい存在は、それが異常だということを感じさせない存在なのです。私たちの常識の合間を縫って、精神に働きかけて、縫うように日常の中に生息場所を作ってしまう恐怖こそ、最も恐るべき恐怖です。
その点で、昆虫人間は、ややコメディくさいというか、笑いながらセッションする系の恐怖に属すと、わたしは判断しました。
(2)目に見えない何かが生まれた場合
サナギが崩壊し、何かがそこから生まれたということは感じ取れるけれど、その実体が見えない、というのはどうでしょうか?
この場合、何が生まれたのかを特定していく作業自体が、シナリオの大部分を占めることになります。何かが私たちの周りにいることは確かだけれど、それがなんなのかがわからない。それはそれで怖いものです。
しかし、ここでは前回も取り上げた、境界性の問題がネックになります。
恐怖で重要なのは、「どっちつかずの存在」という性質です。だからこそ、幽霊は半透明なのであって、完全に見えない化け物は、もうなんか諦めがつくというか、あまりおぞましさを感じないのです。
さらに、シナリオとして、何が怖いのかを説明していくシナリオになってしまいます。「説明の必要な笑い」が実に笑えないように、「説明の必要な恐怖」ほど怖くないものはありません。
(3)人間のようなものが生まれる場合
そこでわたしが採用したのが、このパターンです。
「どっちつかず」感は尋常ではありません。ちょうど、バイオ6でサナギから生まれたエイダ様が、得体の知れない恐怖を放っていたのと同じです。サナギから生まれた人間は、ただ存在するだけで、おぞましい存在なのです。
しかし、何かが決定的に違っている必要があります。私たちがサナギに見出している文化的な意味を考慮すれば、サナギから生まれた「人間のようなもの」は、なんらかの人間性を損失していることが期待されるからです(Part.1参照)。
一見して人間の形をしたそれは、私たちを戸惑わせることになるでしょう。この場合、シナリオは、この「人間のようなもの」の正体を探りながら、「サナギ」という現象がいったいなぜ発生したのかを探っていくシナリオになります。
2.恐怖はPLへのメッセージ
シナリオ全体が含みうる恐怖は、実にたくさんの種類があります。
とにかく畳み掛けるように恐怖が押し寄せる、パニックホラー。
限られた資源と能力で生死の境を綱渡りする、サバイバルホラー。
内臓や血液とともに死が飛び交う、スプラッターホラー。
静かな恐怖を克服する術を探し求める、サスペンスホラー。
理解を超えた奇習や信仰が常識を揺るがす、シュルレアルホラー。
怪異はいつもあなたの背中のすぐ後ろにいる、ジャパニーズホラー。
宇宙的真理は人類の智をはるかに凌ぐ、コズミックホラー。
たぶん、他にも浮かぶ方はいると思います。
重要なのは、このうち、どれをメインにしているのかを、しっかりと意識してシナリオを作るべきであるということです。
わたしが今回利用するのは、ジャパニーズホラーの文法に最も近いものです。
もしも、ここまでのアイディアを、パニックホラーに変えたかったら、昆虫人間を採用して、奇妙なカルト宗教が大量の昆虫人間を生み出して…というような話になったでしょう(研究所で生まれるというのもありでしょうが)。
サバイバルホラーなら、孤島や封鎖された館を舞台にして、徘徊する昆虫人間か、人間のようなものとの遭遇を回避しながら、脱出と生き残りをかけた探索を続ける…というような話になったでしょう。
シュルレアルホラーとしても、昆虫人間になることこそ人間のあるべき姿と信じる田舎の村とかを舞台にすれば、いくらでも書けそうです。
なかなかサナギが割れなければ、これを研究所に持ち込んで、いろいろな調査をしながら、人類に迫る危機を回避していく、サスペンスホラーとして書けそうですね。
昆虫人間の登場と同時に、NPCを盛大に血祭りにあげれば、スプラッターホラーの出来上がりです(パニックホラーに展開していきますが)。
このように、いくらでも話を作ることができます。
しかし、シナリオを作る際には、欲張らずに、一つを選ばなければなりません。
そうでなければ、何がしたいシナリオなのかがはっきりせず、全体にぼやけた印象を与えてしまいます。
はっきりと、「今回は◯◯ホラーでいきます!」と宣言して、ぶれないように意識しましょう。
その意識が、シナリオの魅力をぐっと高めてくれるはずです。
といったところで、次回は、「リアリティある解決手段を構築する」というお話をしていこうと思います。