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【ホラー本読み漁り】富江 上・下 伊藤潤二

傑作ホラー漫画を多数送り出している、伊藤潤二さんの作品を初めて手に取りました。

 

初読ということで、今回は傑作選の第一巻「富江」を選んでみました。

上巻だけのつもりが、思わず下巻まで手が伸び、一気に通しで読んでしまうほど、「富江」の魅力に取り憑かれてしまいました。

 

あまり漫画を読んでこなかったので、レビューを書くのも慣れないのですが、まずは一言。

 

素晴らしいホラー漫画でした。

 

伊藤潤二傑作集1 富江 上

伊藤潤二傑作集1 富江 上

 

 

伊藤潤二傑作集2 富江 下

伊藤潤二傑作集2 富江 下

 

 

 

1.恐ろしい存在「富江」

物語の中心には、男たちの心を魅了してやまない、絶世の美女「富江」が存在します。

つまり、この「富江」こそ、恐怖の中心であり、怪異そのものなのです。

 

しかし、「富江」は、幽霊やゾンビのような、「いわゆる◯◯の一種」と表現できるような性質を持っていません。むしろ、「富江」は高慢なお嬢様として、限りなく人間に近い振る舞いを続けます。

 

ただし、その意図は「人々を狂わせること」でしかないのです。

 

その美貌、そしておそらくは霊的な力によって完全に魅了され、「富江」の望む通りに行動するようになり、やがて、その執着心は「富江」に対する殺意へと昇華していきます。

 

しかし、その「殺意」さえも、「富江」という存在に踊らされているに過ぎません。

 

頼まれれば殺人も厭わぬほど、いやむしろ殺したいほど愛おしい。

 

そんな狂気の中心で、「富江」は美しくも不敵な笑みを湛えるのです。

 

 

2.物語の構造が生み出す狂気との距離

この「富江」シリーズは、小さな物語の連作として成り立っています。

 

人生の中で運悪く「富江」と関わってしまった人物にフォーカスを当て、その人とその周囲で発生する、狂気を題材としたショートストーリーが編まれます。

 

この物語が読者に強い恐怖を呼び起こす理由は、まず、恐ろしい行動を起こすのが、いつも人間の側である、という点にあるでしょう。

たしかに、すべての元凶である「富江」は、いつも人々を惑わし、狂気へと陥れていきます。しかし、彼女自身がすることといえば、ただ、人々をそそのかすだけです。物語はいつも、彼女によって正気を失った人物が、人間の理性を完全に逸脱した行動をとって、そして狂気の海に落ちて終結します。

このため読者は、はじめ理性を保っていた人物が、次々に狂気に陥っていく様を見ることになります。次第に、人間の理性と人格に対する信頼は失われ、本来あるべき狂気との距離感が失われていくのです。

 

この作品は、こうして、「狂気との距離感の喪失」によって恐怖を引き起こす、特殊なスタイルのホラー作品となっているのです。その点では、もし、「人々を殺して回る『富江』なる存在」が、恐怖を引き起こす物語だったなら、この作品の評価は大きく変わってしまったことでしょう。

 

 

3.救いを求めて、読者はページをめくる

どうすれば、「富江」を消し去ることができるのか。

 

通常のホラーストーリーでは、特異点を解消することが、作品の目標に据えられます。もちろん、この作品内でも、「富江」を消し去るために、その性質が少しずつ解明されていきます。

 

はじめはただの異物、あるいは特異点、歪みでしかなかった「富江」ですが、物語を読み進めるにつれ、その美貌の奥のおぞましい姿が明らかになってくるのです。

 

彼女を消し去ろうとする努力は、しかし、幾度となく失敗に終わります。

一つの性質が明らかになったとしても、それを知る人物は狂気の渦中に溺れてしまい、圧倒的な怪異である「富江」に敗北してしまうのです。

 

しかし、少しずつ、少しずつ、「富江」の実態が明らかになるにつれ、読者は期待してしまうのです。

 

恐るべき怪異である「富江」と決着し、満ち満ちた狂気を取り除いてくれる主人公の到来を。

 

この気持ちが、読者を次の物語へと引きずりこんでしまうのです。

果たして、距離を喪失した狂気は、あるべき場所にかえってくれるのか。その行く先は、あなたの目で確かめてください。

 

あなた自身も、この「富江」の消失に執着して、次々とページをめくってしまうかもしれません。

 

まるで、「富江」に魅入られた狂気の被害者たちと同じように…。

 

 

 

伊藤潤二傑作集1 富江 上

伊藤潤二傑作集1 富江 上

 

 

 

 

案外漫画のレビューもいけそうですね、とアツい自画自賛をしたところで、いつもの蛇足を。

TRPGシナリオ書きとしては、このタイプの恐怖も、是非ともTRPGで体験できるようにしたいもの。知ってしまったからには、挑戦するのが人間というものです。

とはいえ、連作短編なので、このままストーリーにするのは難しそうです。工夫を重ねて、この恐怖を再現できるシナリオを書けるよう、頑張ってみます。