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日本におけるヤギ飼育の歴史と山羊神の不在:邪神シュブ=ニグラスの日本化

クトゥルフ神話TRPGを、現代日本シナリオで遊ぶときに、実に使いづらい邪神様がいらっしゃいました。

 

シュブ=ニグラス です。

 

なぜ?とお思いになる方もいるとは思います。

その答えは簡単です。日本では、山羊が全然生息していないからです。

 

1.忌まわしき森の黒山羊、シュブ=ニグラス

まず、シュブ=ニグラスについて整理しておきましょう。

シュブ=ニグラスは、ラヴクラフトの作品のなかに名前ばかりが登場する豊穣の女神で、泡立った雲状の塊が、様々な身体の一部を生成することでかろうじて形をなす、実に忌まわしい存在です。

その黒い泡状の身体から足が生成されるとき、しばしばねじくれた蹄のついた足を生成するため、「森の黒山羊」という二つ名を与えられています。その化身の一つにサテュロスが加えられており、いかにこの邪神が山羊と関わっているのかわかります。

 

2.日本における山羊の歴史

日本では、山羊を飼うという文化があまり存在しません。日本に存在した山羊の原生種は、主に九州の長崎、特に五島列島のあたりにだけ生息する、シバヤギという品種です。すでに15世紀以降に持ち込まれた西洋式のザーネン種と混血が進んで純粋種は残っていませんが、この地域でのみ古来からヤギが存在したというのは事実です。

それを反映するように、日本における山羊をモチーフにした怪異は、以下の3カ所にしか存在しません。すなわち、長崎・奄美大島・沖縄の三カ所です。

奄美大島と沖縄では15世紀以降、東南アジアから持ち込まれた山羊の飼育が始まり、その飼育数が増えるに従って、山羊の怪異譚が山羊料理の品数と共に増えることになりました。

したがって、たとえ古代の日本にシュブ=ニグラス様が降臨なすっても、それを「森の黒山羊」と呼ぶことは起こり得ないのです。なんといっても、山羊自体全然生息していなかったのですから。

 

3.中国における山羊と羊

こういうことを検証するときに一応参照するべき中国では、山羊は古くから飼われています。どうやらその歴史は古代にまでさかのぼるようです。

しかし興味深いのは、ヤギとヒツジに種的差異を見出していないという点です。よくよく考えてみれば「山羊」という漢字には、「羊」が含まれています。つまり、飼われていれば「羊」、野放しなら「山羊」であって、「ブタ」と「イノシシ」がそれぞれ「豬」「野豬」と書かれて区別されているのと同じ扱いを受けています。

しかし「ヒツジ」と「ヤギ」は互いの自然交配が困難な異なる生物種です。それにもかかわらず、互いに交配出来るブタ=イノシシと同列の扱いというのは、この生物がどれだけ軽視されていたのかをうかがわせます。

しかし今回の話題に関して言えば、中国の方がまだしも助かるのは事実です。つまりシュブ=ニグラスは絶対に飼われていないので、発見されれば「黒山羊」と評されてもおかしくはないわけです。ということは、日本でこれを「黒山羊」として用いるなら、「意味はわからないが中国から輸入された言葉」として使う可能性が生じます。しかしそんなものなんかあんまり怖くないんですよね。

 

 

4.シュブ=ニグラスは山羊などではない

さて、そこで想像を巡らせて欲しいのです。いったいヤギを知らない古代日本人が、蹄を持った脚が生えた、湧き立つような雲の塊を目にしたとき、それをなんと名付けるでしょうか?

その答えは定かではありません。それは単に「山の神」と呼ばれるのかもしれません。豊穣の女神という側面から考えれば、日本古来の豊穣の女神『十二様』とも関連づけることができるかもしれません(奇しくも音が似ていることだし)。

 

さらに、日本でも使えそうな、確かな伝承があります。

何を隠そう、『鬼』です。

もしも『鬼』を、ゴフン・フーパジ・シュブ=ニグラスと見なすならば、シュブ=ニグラスが日本で重要な役割を果たしているという演出も可能になります。鬼退治は、何を隠そう、ゴフン・フーパジ・シュブ=ニグラス討伐だったわけです。

 

してみると、興味深い歴史の姿が見えてきます。

日本では、古来の信仰を仏教が駆逐していった経緯があります。この古来の信仰の一つが、蛇神を典型とする豊穣と多産の神に対する信仰です。この一つに、『十二様』や『山の神』に対する信仰も含まれます(結果として、蛇などの具体的な姿は伝承から失われ、ただ形式的な信仰だけが残った。たとえば、しめ縄や鏡餅も蛇信仰の名残である)。

ひょっとすると、鬼退治の物語は、日本古来のシュブ=ニグラス信仰を、仏教が駆逐していった物語なのかもしれません。その過程で、シュブ=ニグラスの落とし子、ゴフン・フーパジ・シュブ=ニグラスに対する討伐作戦が行われ、鬼退治として語り継がれたのだとしたら…?

 

かえって、シュブ=ニグラスは使いやすい神様に様変わりします。

山羊という発想を捨て、その容姿が伝わっていない神様を利用すれば、今度はシュブ=ニグラスこそ、日本古来の神の姿ではなかったかと思い込んでしまうほどに、日本という背景と親和性があるのです。