【ホラー本読み漁り】天使の囀り 貴志祐介
また一冊読みました。
1950年代アメリカンホラー、典型的Jホラーときて、今度はバイオSFホラーです。
- 作者: 貴志祐介
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
- 発売日: 2012/12/04
- メディア: Kindle版
- 購入: 2人 クリック: 1回
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この一冊は、はっきり言いましょう、素晴らしい一冊です。手放しで賛辞を送ることができます。私が評するのもおこがましいほどです。
この作品の中で高く評価するべき点は、概ね以下の要素です。
①動員されている知識の総量
②ホラー+ミステリーとして構造化する手腕
③現実の社会に対する鋭い問題意識を、物語を通じて伝える筆力
全体に、著者の持つ、執筆への強い意志と、その思いを具現する高い力量をうかがわせる、素晴らしい著作と言えます。
1.知識量の膨大さに感嘆
読んでいて、はじめにこの点に驚愕せざるを得ません。想像力とは、知識の外縁に存在するもので、豊富な知識を抜きにして、それを発揮することはできません。つまり、「誰も書いたことがないものを書くため」には、誰も持ってこなかった知識の総体を持たなければなりません。
私自身、周囲の人々に比べれば、広域な専門知識を持っている若者として、多少の自負を持っていましたが、やはり本物の作家にはかないません。
冒頭で文化人類学者が登場し、そこには霊長類学者と天然物をメインにした有機化学者が登場します。しかし、主人公は精神科医であり、物語の中で医師やマイナーな生物を対象とした生物学者も登場します。そのうち、物語の中で運用される知識の中心は、精神科学と脳神経科学、生物学といったあたりでした。これらの豊かな知識は、物語のリアリティを高めることに貢献しています。
こうした知識をただひけらかすわけではなく、物語に必要な範囲で運用するというのは、実のところ至難の技です。とりわけ、これだけの専門知識を利用しながら、読者を置いてけぼりにしないように配慮するためには、それぞれの知識の最も重要な点を理解し、それを伝えるための最適な言葉遣いを選べるようにならなければなりません。
小説というスタイルを貫きながら、このことを達成しているのは、著者の知的能力の高さの反映というほかないでしょう。
2.ホラー+ミステリーとして構造化する手腕
そもそも、ホラーの本質にはミステリー的な要素があります。つまり、初めから恐怖の対象が明らかになってしまっていれば、誰も怖がらないのです。それは、初めから犯人とその動機、そしてトリックまでもが明らかになっている推理小説が面白くないのと同じです。
対象が恐ろしいのは、その実在がわからないからです。しかし、この小説では、全体の7割ほど進んだところで、ミステリー性によるホラーを完結させます。全体として展開を整理すれば、「歪みと理解不能性によるホラー」から幕を開け、「ミステリーによる不在の輪郭に迫っていくホラー」が物語の全体像を形作り、「人間性によるホラー」が物語の終焉を飾ってくれます。
そう、物語の全体を通じて、「恐怖のヴァリエーション」が変化しているのです。これはホラー小説としては見事な仕上がりと言わざるを得ません。こんなことを達成するためには、相当数の小説を読み、その物語の構造と魅力を理解しなければなりません。恐ろしい勉強量と言わざるを得ないでしょう。
3.現実に対する問題意識を伝える筆力
驚嘆するべきなのは、この小説が全体として、薬害問題と死生観についてのSF小説的応答として仕上がっていることです。
この物語の中で紡がれるたくさんの「死」は、ホスピス医の女性の視点で語られていきます。彼女の勤務先には、薬害エイズによって不条理な死を突きつけられた人々がいます。その一方、この物語の中心では、狂気のうちに自ら死していく人々の姿があります。
それらの多様な「死」、あるいは「生のあり方」といってもいいのかもしれませんが、そのひとつひとつは、読者の心を強く打ちます。
その意味では、ただ恐ろしいだけではなく、その中で生きる人間の姿をも描いた、非常に優秀なSFホラーなのです。
とにかく読んだことのない方は読んでください。素晴らしい一作です。
- 作者: 貴志祐介
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
- 発売日: 2012/12/04
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と、いつものように、ここまでの普通の書評ブログみたいなことは前置きになるのがこのブログ。こうした魅力をゲームシナリオに取り込んでいく術があるのでしょうか?挑戦しなければなりません。