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ゲームシナリオにおける〈準位〉とその弊害

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 シナリオを抽象モデルとして噛み砕いていく連載の第3回です。前回の最後に「ここまでが前提」と書きましたが、ここからも前提の誤りでした。書かないといけないことが多すぎて困っているのですが、順に一つ一つゆっくりと進めていきましょう。

 

 今回の議論では、〈崖〉を記述するメカニズムの一つである〈準位〉による記述について紹介します。これまでの議論を前提にしているので、そちらもご参照ください。

 

ここまでのおさらい

 そもそもこの議論は迷路を噛み砕いて理解することから始めました。迷路をRPGにおけるダンジョンやシナリオの抽象表現として解釈し直したとき、それが持つ構造を分析したのです。

 迷路には通行不可能な〈壁〉があり、それによって〈経路〉が形作られるという構造をしていました。ゲームでも同じように通行不可能な〈壁〉があって、その中をキャラクターが移動することはしばしば起こります。

 そうした探索過程を退屈にさせないためのいくつかの工夫にも言及しました。

trpg.hatenablog.com

 そのうえで、〈壁〉を用いてどのようなシナリオを作ることができるのかを例示したのが次の記事です。プレイヤーが必ず通過する〈経路〉が定まっていることを活用したシナリオ設計が最適だと論じ、具体的な手法を論じています。

trpg.hatenablog.com

 次に〈壁〉を斜めにして、登ることもできる〈崖〉にすることで、〈経路〉からプレイヤーを解き放ち、平面上を自由に移動するゲームシナリオの形を理論化しました。これにより、これまで〈経路〉の上をなぞる存在だったプレイヤーが、独自の〈軌跡〉を描写しながら進むことができるようになり、高い自由度を獲得することができました。

trpg.hatenablog.com

 〈崖〉によって自由に世界を動けるようになったプレイヤーは、自分自身が主導する体験としての物語(ナラティブ)を獲得できるようになりました。 〈崖〉理論を応用することでどのようなシナリオを製作することができるのかという例示を次の記事で行っています。

trpg.hatenablog.com

 

 以上の記事をうけて、今回が理論パート第3回となります。

 

 

〈壁〉から〈空間〉の議論へ

 前回までの議論で、通行不可能な〈壁〉が完全に消失し、代わりに通行可能な〈崖〉が配置されたダンジョンが完成しました。〈崖〉を超えるか否かの判断を《決断》と呼び、プレイヤーの描く〈軌跡〉の多様性を担保する要素だと論じています。

《決断》の二つの手法

 前回、《決断》の二つの手法として、プレイヤーキャラクターに配置する方法と空間に配置する方法の二つに言及しました。今回の議論はこの点から出発します。

  《決断》を仕込む方法として、「〈壁〉を2回だけ越えてよい」というルールを加えました。これはプレイヤーに能力を与える方法で《決断》を導入しています。一見するとこれ以外に《決断》を持ち込む方法はないように思われますが、実はもう一つの方法があります。

 それが環境中に壁を越える可能性を分散して配置する方法です。たとえば壁ごとに1〜6の数字を指定しておきましょう。壁を超えたいと考えたときにサイコロを振って、同じ数字が出た場合にはその壁を越えることができると定めればどうでしょうか。プレイヤーは常に《決断》のタイミングを見計らって進むことになるでしょう。

  実際の〈崖〉はこの二つの手法を組み合わせることで成立していました。たとえば、「プレイヤーキャラクターの筋力の能力値が5以上であれば、この崖を登りきることができる」と〈崖〉を定義するとき、二つの手法が混在しています。

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〈崖〉の地図に現れる〈経路〉

 この例ではたしかに〈崖〉を乗り越える〈軌跡〉を描くことができます。しかしただこれだけを定義しても、実は〈経路〉が本当の意味で消失したわけではありません。

 ここで簡単のために、ダンジョン内に3つの種類の〈崖〉を配置したとしましょう。

赤:筋力で突破する〈崖〉

青:俊敏で突破する〈崖〉

緑:知力で突破する〈崖〉

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 このダンジョンにプレイヤーAが挑戦を試みたとします。彼のプレイヤーキャラクターは筋力俊敏に秀でており、知力には劣ります。このとき、プレイヤーAは緑の崖だけ通過することができません。つまり次のような経路を通過することになります。

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 明らかにダンジョンが〈壁〉と〈経路〉の世界に戻っています。プレイヤーキャラクターの能力が他に変化した場合でも同じ事態が発生します。たとえば筋力知力に特化したキャラクターを持ち込んだプレイヤーBにとって、このダンジョンは次のような〈経路〉構造を持っています。

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補足:これは悪いことではない

 〈崖〉のみによって形作られ、〈壁〉が存在しないシナリオの方が優れているのかという問いはナンセンスです。これらの議論はゲームシナリオの優劣を論じるものではなく、多様なシナリオ構造を単一の拡張性ある語彙群で論じるための試論です。

 したがって、プレイヤーキャラクターの能力によって〈壁〉が〈崖〉に変化するシナリオ構造もそれ自体でシナリオとして機能します。以下の議論は、このモデルによって分解できないシナリオ構造のために新しい分析装置を用意するために展開されます。

 

〈壁〉から〈空間〉への回帰

 この問題を克服するためには、発想の転換が求められます。これまで迷路を「〈壁〉によって〈空間〉が形作られ、〈空間〉の総合として〈経路〉を描くことができるもの」として論じてきました。この定義はちょうどドーナツの穴のようなものだとも説明しました。実在するのはドーナツであり、穴ではありません。同じように、実在するのは〈壁〉であり、〈空間〉ではなかったのです。

 しかしここで〈空間〉を実在させることにより、〈崖〉を生成するという発想を紹介します。これまで議論してきた〈崖〉の設計理論を一度忘れておきましょう。

〈空間〉から〈準位〉へ

 何も存在せずただ通行可能という情報しか持たなかった〈空間〉に情報を持たせるとき、それを〈準位〉と呼び変えます。〈準位〉という語はエネルギーについての表現を借りており、もしそのニュアンスが理解できるならそのように理解してください。この言葉に馴染みのない方は、「高さ」と考えるとわかりやすくなります。

 これまで〈崖〉の通過方法を定義してきましたが、これを〈準位〉の移動方法と読み替えることで、さらに〈軌跡〉の多様性を生み出すことができます。

〈準位〉の例:差が〈崖〉を生み出す

 たとえば、鍵の置かれた〈準位〉を5と定めてみましょう。広場の〈準位〉を0とすれば、プレイヤーは5の〈準位〉を移動しなければなりません。このとき、準位の差には属性が定義されておらず、上述の例で言えば4つの能力いずれを利用しても〈崖〉を超えることができるものと定義することができます。

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 このとき、〈経路〉は準位差の小さな〈崖〉とみなすことができます。プレイヤーは準位差1や2の小さな課題を連続的に克服する迂回路を経て、鍵のある〈準位〉に到達することもできます。当然、準位差5の大きな課題ひとつを克服することで一息にそこに到達することもできるのです。

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〈準位〉による表現の弊害

 しかし〈準位〉によってダンジョンやシナリオを定義することには弊害が伴われます。限りなく抽象度が高くなってしまうほか、役割分担の概念が希薄になってしまいます。これら二つの性質を整理しておきましょう。

シナリオの抽象化

 そもそも、そこに何があるのかを特定することができません。もし「石の壁がある」と確定してしまえば、それを筋力で破壊することはできても、俊敏で解決することはできません。

 〈準位〉による記述では、 プレイヤーがどの能力で解決するか宣言するその時まで、課題を具体的に設定することができません。そこにあるのは難易度という抽象概念であり、プレイヤーが課題への挑戦を試みてはじめて具体像が定まります。

サイコロフィクションによる実践

 実はこの方式を採用しているゲームも存在しています。汎用TRPGシステムとして知られている「サイコロフィクション」シリーズでは、プレイヤー側がどの能力によって判定を試みるかを宣言します。さらにその判定の結果何が起こったのかという演出もプレイヤーが担当します。

 判定に成功したプレイヤーは、情報ひとつを獲得する権利を得ます。情報はカードに書かれてあらかじめ伏せて配置されており、プレイヤーはどの情報を得るために判定を行うかを事前に宣言しておきます。高度に構造化されたボードゲーム風の管理システムが抽象的な準位式の課題表現を支えています。

役割分担の形骸化

 同時に、ゲームから役割分担・能力配分の占める意義が小さくなります。プレイヤーにしてみれば、自分がどの能力に優れているのかは問題ではなくなってしまいます。極端なことを言えば、たった一つの能力で最大の能力を持っておけば、その能力一つで全ての課題を克服できてしまうからです。

 したがって、「仲間がどの能力に優れている」とか、「このメンバーだったらどのルートで行った方がリスクが小さい」といった要素はゲームから失われてしまいます。このゲームではむしろ、「今回は誰が課題を克服するか」を先に決めることになります。それゆえ、一人一人順番に活躍手番が回ってくるようなシステムと親和性が高くなります。

 先ほど例として紹介したサイコロフィクションでも、その最もシンプルな形ではどの能力を持っていようとゲーム内で大した差は生じません。それゆえ、いくつかの追加的なデータを加えることでキャラクターの個性を表現するように配慮が加えられています。

忍術バトルRPGシノビガミ基本ルールブック (Role&Roll RPGシリーズ)リアリティショーRPG キルデスビジネス 基本ルールブック (Role&Roll RPG)マルチジャンル・ホラーRPG インセイン (Role&Roll Books)

 

多様な準位システム

 〈壁〉から〈崖〉に変貌させたとき、根本的にシナリオモデルが変わってしまいました。一方、〈崖〉から〈準位〉への以降は同じものを二つの方法で描く手段に過ぎません。それゆえ、〈崖〉を用いたシナリオ例で示したシナリオを〈準位〉型で表現するのはそう難しくありません。

底上げ型準位システム

 準位型の用法の一つとして、全体の〈水位〉を上げるという形式があります。この場合、プレイヤーが一足とびに〈崖〉を乗り越えるのではなく、マップ全体に水を注いで次第に足場が浮き上がるような形式をとります。そこの方が上がるので、進行すればするほどより高い〈準位〉に到達しやすくなります。

 この形式では、プレイヤーが何か判定などに勝利するたびにプレイヤーのいる〈準位〉が高くなります。一方、判定などに失敗したとしても、〈準位〉が下がることはありません。したがって、原理的に最終目的に到達できないという事態が発生しないという特徴があります。

 ゲームのクリア可能性を担保するという意味で、この構造は優れています。たとえば多くのコンピューターRPGで採用されている“レベル”のシステムは、底上げ型準位システムの一つです。プレイヤーは戦闘を繰り返すことでより高い〈準位〉に到達し、その〈広場〉の堰にあたるボス戦に挑むことでイベントが進行し、より高い〈準位〉での探索や戦闘ができるマップに移行します。

 このとき、ボス戦に勝利する方法は通常複数存在しています。プレイヤーはボスに勝利したことで「その水準の技量・スコア・ステータスに達している」と判断しますが、このとき密かに「自分なりの戦略設計・攻略方法」を手に入れています。越えるべき〈崖〉としてのボスは具体的に描写されていますが、それを克服されるための手段は多様であるという関係がこうして作り出され、〈準位〉型にともなう抽象度の増大をセーブしているのです。

多手段型準位システム

 同様に、抽象度の増大を抑える方法として、データ的に説得力を持たせるという方法があります。それぞれの能力を利用する場合の手段が異なり、追加的なリソースなどを要求するよう定める方法です。これにより主要手段と副次手段とが階層づけられ、結果として高くなってしまった抽象度を抑えることができます。

 たとえば先ほどの難易度5の〈崖〉を例にとってみましょう。多手段型では、あらかじめこれを「筋力5で破壊できる壁」と定義してしまいます。筋力に特化したキャラクターならば、これを破壊して突破するでしょう。

 しかしここで、「壁破壊爆弾」なるものを調合できるとしましょう。調合には知力5と素材分のコスト1点が必要だと定義されています。このとき、〈崖〉は決して筋力キャラクターのみが通行できるものとはなりません。同じように、追加スキルなどで「高飛び」などの能力が定義されていれば、スキル枠を消費する代わりに俊敏5で壁を飛び越えることができるようになります。

 この形式でも〈準位〉のデメリットを解消することができます。しかし手段が多様化したことで、ゲームルールは明らかに複雑化してしまいます。この議論の端緒となった迷路のゲーム構造に比べると、プレイヤーにはステータスやスキルなどの複雑な要素が加えられています。

 

まとめ

 〈崖〉を表現する別の方法として、空間側にスコアを与える〈準位〉という形式について整理しました。〈準位〉型には抽象度が上がることと、役割分担が曖昧になるというデメリットがありますが、ゲームシステムごと工夫することで、これを回避する方法も知られています。こうした点から、あらゆるゲームシステムで活用することのできる方法とは言い難いのも〈準位〉型の理解の特徴です。ゲームシステムの特性をよく理解して、ゲームシナリオ作りに活用しましょう。

 

 

次回へつづく