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〈崖〉と〈軌跡〉が生み出す物語としてのナラティブについて

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 こんにちは。月に2本程度で続いているシナリオ理論の第4回です。前回〈崖〉という概念が登場して、経路以外の場所を通過してプレイヤーが独自の〈軌跡〉を描くことができる平面的シナリオを提案しました。今回はその〈崖〉の概念を用いてシナリオを設計するときに必要になる、物語とゲーム性の変化について扱います。


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ストーリーの崩壊

 〈経路〉からの逸脱は、直接に物語の順序崩壊を意味します。再び最も単純な迷路型のシナリオを前提にして、このことを確認しましょう。

プレイヤーごとに違う軌跡

 〈壁〉を使ってゲーム展開を制御するとき、プレイヤーが必ず通過する主経路を描くことができました。それゆえ、物語の主軸となる主経路(幹)と副次的な情報である副経路(枝)での展開を明確に区別し、主経路の情報のみで物語が成立するようにするという手法を取ることができました。

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濃い赤の主経路は必ず通過する
 しかし〈崖〉に変更することにより、プレイヤーが必ず通過する地点を想定することができなくなり、物語を成立させるための〈経路〉的な構造がなくなってしまいます。このときプレイヤーは独自の〈軌跡〉を描くことができるため、たとえば次のような二つの〈軌跡〉の双方で物語が成立するようなシナリオに加工する必要が生じます。
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プレイヤーにより全く異なる軌跡を描く
 したがって、〈壁〉型のシナリオをそのまま〈崖〉型のシナリオに加工することはできません。主経路を描くことでゲームを通じてプレイヤーが体験することを限定しようとする〈壁〉型の発想法では、プレイヤーの自由な物語創出を支援する〈崖〉型のシナリオには対応できないのです。

ストーリーとナラティブ

 このとき、物語の語り部の地位が移動していることに注目する必要があります。〈壁〉型のシナリオでは、シナリオ製作者が物語の語り部であり、プレイヤーはあらかじめ用意された追加ページを読むか読み飛ばすかを選択しつつ、最終的には主経路の物語を全て語られることになります。
 一方〈崖〉型のシナリオでは、プレイヤーはシナリオ製作者に対してどの部分の物語を次に読み上げるべきなのか指示することができます。物語の順序や展開に秩序を生み出すのはプレイヤーの仕事であり、物語の語り部は「私は次に何をするか」を宣言するプレイヤーに移行しています。
 このとき、同じ物語であっても二種類の物語が存在しています。そこでこの二つの物語を呼び分ける用語を設けることとします。〈壁〉型シナリオで、シナリオ製作者が一方的に物語るものを「ストーリー」と呼び、〈崖〉型シナリオでプレイヤーが描く軌跡に従って物語られるものを「ナラティブ」と呼びます*1

ナラティブシナリオの発想法

 旧来の意味で「物語を描こう」と考えれば、ストーリーが生じてしまいます。ナラティブシナリオにおける物語には複数の考え方があり、ここでは二つの発想法を紹介します。

大目的達成のナラティブ

 早期にゲームの大目標を共有し、それに至る過程を自由とすればナラティブが生まれます。したがってシナリオ製作者が描くのは具体的な経過(ストーリー)ではなく、多数の選択肢であり、それらを配置した地形(レベル)です。
 プレイヤーはほぼ直進するようにゴールを目指してもよく、大きく迂回したり蛇行しながらゴールを目指しても構いません。ほぼ直進したときには、少ない出会いと世界への理解があるものの、大目標は達成されます。「わからないことも多いけど、これから世界に向き合っていこう」というようなエンディングが描かれ、ハッピーエンドで終了します。
 一方大きく迂回したり蛇行すると、よりゲーム世界について詳しくなり、さらに多くの手段を身につけています。大目標を達成すれば、「きっと○○もこの勝利を喜んでいるだろう。みんなのためにあなたは戦ったのだ」というようなエンディングが描かれ、これもハッピーエンドで終了します。
 もちろんエンディングそれ自体は例であり、必ずハッピーエンドというわけではありません。しかしここで重要なのは、迂回したり蛇行した方が偉いとかよりよいというわけではなく、それぞれにそれぞれのナラティブが描かれたものとして物語を描くことです。ナラティブは良い物語と悪い物語を弁別するためにあるのではなく、むしろプレイヤー一人一人の体験を演出するためにあると考えましょう。

ステップアップのナラティブ

 基本的には同じ発想なのですが、よりストーリーライクな物語を描く技術もあります。次の模式図を見ながら考え方を整理します。
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 たとえ〈崖〉によって自由な移動が実現したとしても、スタート状態とゴール状態に明確な乖離があれば、その間に直線距離を描くことができます。プレイヤーがいかなる〈軌跡〉を描いたとしても、ゴールにたどり着くまでには「青→緑→(白or黄緑)→黄色→赤」の順に足を踏み入れることだけは確定しています。
 このときストーリーライクな要素を4つ程度の演出に集約し、境界を超えて次のエリアに足を踏み入れた際に一度だけ提供するという方法をとることができます。この方法はナラティブとストーリーの折衷案であり、ナラティブなシステムの内部でストーリーライクな展開を行う場合に有効です。
 ただし必ずこの順で通過するわけではない点に注意が必要です。つまり、プレイヤーによっては黄色まで行ったのに緑に戻るような場合があります。そのため、それぞれ次のエリアに初めて足を踏み入れたときだけ演出を入れることができると覚えておきましょう。

TRPGシナリオへの応用

狂惑の輪廻

 というわけで、TRPGブログらしくそれぞれの方法でシナリオを例示してみましょう。
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 先日別のブログからこちらに移転したシナリオ「狂惑の輪廻」では、ステップアップのナラティブの手法が意識されています。

青の領域:自宅の周辺での危機対応シーン
緑の領域:ブラフによる混乱の発生
黄の領域:調査対象の方向転換。真相へ近づく
赤の領域:自宅への再侵入後。クライマックス

 概ねこの四段階を経てシナリオが展開されますが、プレイヤーによって具体的に何をするのかは全く異なっています。ただし、このシナリオもステップアップのナラティブを理想的に取り入れているわけではありません。ゲームキーパー側がエリアの移動を判断する場面が多く、本当の意味でプレイヤーが自ら次の領域に足を進ませるわけではないからです。

狼をめぐる冒険

 一方、大目的達成のナラティブの手法を取り入れたシナリオとしては、「狼をめぐる冒険」を例示することができます。残念ながら2019年2月現在販売されておらず、年内の改訂版出版をお待ち頂くほかありません。
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 「狼をめぐる冒険」では、明らかにプレイヤーが主導して物語を描く必要があります。リンク記事の紹介文にも書かれている通り、用意されているのは様々な組織や人物の情報だけであり、「仲間の人狼化の危機を回避する」という大目標へ向けて、それぞれの物語を紡ぐことができるようになっています。
 それでもこのシナリオも大目的達成のナラティブが十全に取り入れられているわけではありません。なぜならそれぞれの手段にはそれぞれに明暗異なる結末が描かれており、良い物語と悪い物語を弁別するためのシステムとして機能している部分が僅かに残されているからです。この点は改訂版の執筆を通じて修正する予定です。

まとめ

 プレイヤーが自由に軌跡を描くことができる〈崖〉型のシナリオでは、旧来のストーリー的な発想法で物語を描くことができません。シナリオが語る物語からプレイヤーが描く物語へと発想を大きく切り替える必要があります。この発想転換により、描くことのできるシナリオの種類は明らかに変化しますが、それと同時にプレイヤー体験も大きく変化しています。あなたの描きたい物語のスタイルに応じて、ゲームシナリオとシステムの両面に影響する〈崖〉型の構造を利用する選択肢を忘れずにおきましょう。

*1:ナラティブという用語は厳密にはより複雑で限定的な概念なのだけれど、ここでは簡単のためにこのように整理した。ナラティブとは認知心理学的に言えば、私たちが経験を物語として語る傾向やその能力のことを意味する。あるいは社会学人類学領域では、認知的な構造を再生産する言語的実践とでも定義した方がよさそうだ。フーコーの言説分析の議論の延長線上に配置するべきなのか、認知心理学の文脈で解釈するべきなのかは難しい問題で、ここではゲーム論で利用されている方法で曖昧ながら弁別のための実用的用法として利用することにした