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ゲームシナリオにおける〈崖〉と〈軌跡〉

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 シナリオの構造について改めて議論する連載の第2回です。今回はダンジョンの構造からさらに〈壁〉を取り払うことで、ダンジョンから〈経路〉を消失させようと思います。

 

 

前回のおさらい


trpg.hatenablog.com

 ここまで、迷路からダンジョンへと議論を展開させました。〈壁〉で囲まれた〈経路〉のうち、繰り返し通ることになってしまうものを〈広場〉と〈滝〉を使って解消し、プレイヤーの目的を「迷路を彷徨うこと」から「〈手段〉を組み合わせてゲームを解決すること」に緩やかに移行させました。

 それぞれの概念を再度整理しておきます。

  • 〈壁〉:プレイヤーの通行不可能性を決定づけるもの
  • 〈経路〉:プレイヤーが通ることのできる〈空洞〉の集合
  • 〈手段〉:ゲームメカニクス上の資源変換を行う機能をもったオブジェクト
  • 《通路》:〈手段〉のために複数回通過する〈経路〉
  • 〈広場〉:または交差点。複数の〈経路〉への入り口となる〈通路〉の内壁を取り除いたもの
  • 〈滝〉:〈壁〉に一方通行性を持たせたもの。不必要な往復を省くために用いる

 なかなか多くの概念を用意したものです。しかし今回の議論を通じて、これらの概念の全てを《通路》同様に解消し、最終的なゲームシナリオには何も残しません。したがって、これらの概念は私たちの議論の経路を彩る道標のようなものです。いずれ後ろに流れ去ってしまう景色の一つに過ぎませんが、今はこれらの概念を頼りにして進みましょう。

 

パズルからゲームへ:〈経路〉と〈軌跡〉

プレイヤーの描く〈軌跡〉

 以前このブログでは、パズルを「一意的な解が定まる問題構造」という定義で紹介しました。この定義に照らせば、迷路はパズルとしての性質を持ちます。なぜなら単一の解であるスタートからゴールまでの直通の〈経路〉を描くことができるからです。

 しかしパズルにしても迷路にしても、最終的な解を導く過程で様々な「彷徨」が行われます。どの行き止まりにたどり着き、どの道には立ち寄らずにゴールにたどり着いたのかを記録して比較すると、プレイヤーの彷徨は十人十色で、複雑な迷路になればなるほど、同じ彷徨を経験することは難しくなります。

 ここでプレイヤー1人が実際に通過した道筋を〈軌跡〉と名付けましょう。迷路は一般解として〈経路〉を持ちますが、プレイヤーによって異なる〈軌跡〉を描きます。

〈経路〉をなぞる〈軌跡〉

 ダンジョンでも同様に〈軌跡〉を定義することができます。迷路・ダンジョンともに〈軌跡〉には多様性があるのですが、いずれの場合であっても従っている一つの規則があります。すなわち〈経路〉の上をなぞるという点です。すべて通行可能な〈経路〉をなぞる形で〈軌跡〉が描かれているのがわかると思います。

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 〈軌跡〉はプレイヤー体験を示す曲線です。〈経路〉が迷路やダンジョンの構造それ自体から唯一無二の構造として抽出される一方、〈軌跡〉はプレイヤーが実際にそれを遊ばなければ描かれることはありません。プレイヤー体験の多様性は〈軌跡〉の多様性として描くことができます。

 

垂直な壁を斜めにする:〈崖〉の登場

〈軌跡〉が〈経路〉から溢れ出る:自由の誕生

 〈軌跡〉の多様性があったとしても、迷路のプレイヤーはそこに自由を見出しません。複雑さと自由の違いは〈経路〉と〈軌跡〉の関係にあるものと仮定してみましょう。すなわち〈経路〉をなぞるものだった〈軌跡〉が〈経路〉から逸脱できるようになったとき、プレイヤー体験の多様性は爆発的に増加し、自由を見出すとする仮説です。

 たとえば、「迷路の攻略のために2回だけ〈壁〉を乗り越えられる」という追加ルールを考えてみましょう。これまで〈経路〉をなぞるだけだった〈軌跡〉は自由な位置で〈経路〉から離れ、別の〈経路〉に飛び移ります。この能力が任意の位置で使えるため、プレイヤーが描く軌跡の多様性は爆発的に増加します。

二種類の選択:《択一》と《決断》

 このとき、プレイヤーの新たな選択が追加されています。これまでプレイヤーは「分岐点や〈広場〉でどの道を選ぶのか」という選択を課されていました。一方、新しいゲームでは「どのタイミングで壁を乗り越えるのか」という判断を課されています。

 これら二種類の選択を別の言葉で呼び分けましょう。

  • 分岐点で〈経路〉から一つを選ぶ通常の選択を《択一》
  • 任意のタイミングで〈経路〉から逸脱するか否かを選ぶことを《決断》

と呼ぶことにしてみましょう*1。《決断》の導入によって〈軌跡〉の多様性が飛躍的に増大し、結果としてプレイヤーはゲームにより自由を見出せるようになります。

《決断》の二つの方法:能力か環境か

 《決断》を仕込む方法として、「〈壁〉を2回だけ越えてよい」というルールを加えました。これはプレイヤーに能力を与える方法で《決断》を導入しています。一見するとこれ以外に《決断》を持ち込む方法はないように思われますが、実はもう一つの方法があります。

 それが環境中に壁を越える可能性を分散して配置する方法です。たとえば壁ごとに1〜6の数字を指定しておきましょう。壁を超えたいと考えたときにサイコロを振って、同じ数字が出た場合にはその壁を越えることができると定めればどうでしょうか。プレイヤーは常に《決断》のタイミングを見計らって進むことになるでしょう。

 いずれか、あるいは両方の方法で〈壁〉に部分的通行可能性を与えたものを〈崖〉と呼ぶことにします。〈崖〉は頑張れば登ることもできますが、通常はわざわざ登ろうとせず、迂回するスロープ状の〈経路〉をたどることでしょう。それでも一部のプレイヤーは〈崖〉を越えようと挑戦するかもしれません。〈崖〉はプレイヤーの《決断》を誘発する機能を持っています。

 

〈壁〉のないダンジョン

 能力と環境の両方の力を借りて、迷路の最外縁を構成する〈壁〉を除くすべての〈壁〉を〈崖〉に加工してみましょう。この加工は具体例を伴った方がわかりやすいでしょうから、ファンタジーアドベンチャーの例とミステリーアドベンチャーの例で説明します。

ファンタジーアドベンチャーの〈壁〉を〈崖〉にする

 鍵が置かれているタイルのすぐ左隣の〈壁〉を「魔法の壁」という特殊な壁へと変更しましょう。プレイヤーキャラクターの魔力のスコアが10点以上あれば、この魔法の壁を消し去ることができます。同様の魔力の壁はこのダンジョンの各所にあります。

 一方、それに隣り合った〈壁〉は大きな溝になっていて、飛び越えることでショートカットできます。プレイヤーキャラクターの敏捷のスコアが7点以上あれば、この溝を飛び越えることができます。

ミステリーアドベンチャーの〈壁〉を〈崖〉にする

 通常、参考人Aから情報を聞き出すためには、ちょっとしたおつかいを済ませるという交換条件が必要でした。しかしもしプレイヤーキャラクターが証拠品1番を既に持っていたら、おつかいを頼む前に参考人Aの態度を変えさせることができます。たとえ証拠品1番を持っていなかったとしても、交渉のスコアが10点以上あればハッタリをきかせて同じ効果を得ることができます。

 また、おつかいを引き受けた場合にも、プレイヤーキャラクターがすでに便利屋Bと知り合っていたなら、おつかいの手順をショートカットすることができます。たとえ便利屋Bと知り合っていなくても、諜報のスコアが7点以上あれば、違法な手順で頼まれた品を持ち去ることができます。

 

〈壁〉のない迷路:〈壁〉と〈経路〉の融解

 以上の作業をすべての〈壁〉に対して実施したとき、ダンジョンマップ上に自由な〈軌跡〉が無数に残されます。プレイヤーによってどの〈崖〉を越えたのか(あるいは越えなかったのか)はまちまちであり、もはやダンジョンの攻略順序を制御するものは存在しません。

 本来は経路を刻むために存在していたゲートでさえも、その機能の大部分が失われています。少し無茶すればゲートの後ろ側に〈崖〉を乗り越えて到達することができる以上、順当に〈経路〉を守ったプレイヤーを除けばゲートが開かれることはまずないと言っていいでしょう。

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〈表面〉の生成

 このとき、ダンジョンを構成していた〈壁〉と〈空洞〉は融解しています。この効果をより明瞭に認識するためには、模式的な経路図を示すべきでしょう。

 迷路から角を取り除き、開始地点とゴールとを結びつけたとき、次のような単純構造が抽出されます。これを経路図と呼ぶことにしてみましょう。

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 この経路図を描くことができるのは、それぞれの〈経路〉が〈壁〉に囲われることで完全に封鎖されていたからです。いまその〈壁〉が〈崖〉に切り替えられたことで、もはや経路図を抽出することは不可能になりました。

 すなわち、直線で示される経路図が描画不可能になり、代わりに平面で示される俯瞰図のみがダンジョンの最も簡素化された素描へと変化しました。どの座標とどの座標を結んでいる〈崖〉なのかを明示するためには、俯瞰図による位置関係の描画が必要不可欠だからです。

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 こうして描画された俯瞰図は、プレイヤーが自由に〈軌跡〉を描くための〈表面〉として機能します。これまで〈経路〉に従って描かれていた〈軌跡〉ですが、〈崖〉を組み込むことで〈表面〉の上に自由描画される状態に変化しています。

 

 小結:そして箱庭へ

 前回と今回の議論は、迷路からダンジョンへ接続し、そこから箱庭へと展開していく試論でした。前回、迷路とダンジョンの差異としてオブジェクトのもつ空間評価の機能を指摘しました。今回、ダンジョン内に《決断》を導く〈崖〉を描くことによって、ダンジョンを箱庭的な〈表面〉へと変貌させることに成功しました。

 議論は深まってきたようにも思われますが、実はここまでが前提の議論です。次回以降、俯瞰図という〈表面〉とプレイヤーの主観的な〈光景〉との乖離について論じる中で、箱庭的シナリオの設計モデルについて議論を深めていこうと考えています。

 

次回へつづく

*1:《決断》が認められたゲームは、大いに自由を感じさせてくれます。ただし、《決断》を自由の必要条件と定義することはしません。ゲームにおける自由には様々な原因があり、一意的に定めるのは困難です。《決断》はあくまでそうした多様な自由を演出する手法の一つと考えましょう。