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TRPGをやりたい!

TRPGのトビラをひらこう!

修験道の歴史と山岳信仰の現在【ジャパノクトゥルフのための断章】

 本来なら「やさしい狂気のはじめ方 Vol.3」が発売された後にネタバレをするべきなのかもしれませんが、今回私が書いたシナリオについての一部情報公開を行おうと思います。それというのは、今回調べた内容が日本を舞台にしたクトゥルフ神話TRPGシナリオ執筆にとっていくらか有用であると考えたからです。

 

 今回調べたのはタイトルにある通り、「修験道」です。

 

 「なんじゃそら」となるのが普通のリアクションです。「あああれね、知ってる知ってる」という方はこの記事を見ても得るものが少ないかもしれません。

 修験道(しゅげんどう)とは、神道とも仏教とも違う融合宗教で、主に山岳信仰をコアとして山籠りの修行を通じてその山の霊力を身につけようとする宗教一派のことです。俗信としての天狗や「〜権現」といった各種の存在は修験道に由来しています。

 しかし神道や仏教に比べて、修験道の名を知っている人の数は少ないのが現状です。いったいこのような状況に陥るまでに、修験道に何が起こったのでしょうか?

 

 

 

修験道の発端は「融合」にあり

 修験道はいつ発生したのでしょうか? 実はその開祖は奈良時代にさかのぼるとされています。もともと日本には蛇信仰や山岳信仰、河川信仰など様々な原始宗教が分布していました。それらの原始的な信仰の中で、のちに修験道と呼ばれるようになる活動も始まったと考えられます。

 

 しかし修験道が体系化されていくのはもっと後の時代です。古代の宗教的混淆状態の中で大きな役割を果たすようになったのが、古代神道です。古代神道は神への祭祀を政治と結びつけ、「政=祭り事」として大和王朝を成立させました。ここにおいて、有力な大王家系である天皇家に連なる神の系譜が正当な神話の地位を獲得し、古事記などが編纂されるに至ります。

 このとき、修験道は信仰対象の山などに神格を見出すという技法を獲得します。山に宿っているのはただの霊力ではなく、神格を持ったなんらかの存在であるとみなすようになるのです。こうして神道における山の神格によって再解釈された愛宕信仰や熊野信仰が確立されていきます。

 

 歴史的に見れば、このあと日本の宗教史を語る上で欠かせない仏教の伝播と国策の仏教化が発生します。国策の仏教化によって、神と仏はどんどん曖昧に習合させられていきます。その中で日本独自の解釈を加えた様々な仏教流派が誕生するわけです。真言宗や天台宗、日蓮宗や曹洞宗…なんだか学生時代に暗記した記憶がありますね。

 それら諸宗派のひとつとして、特に土着信仰である山岳信仰の色が濃いものは「修験道」と呼ばれるようになりました。

 

つまり…

 

修験道 = 古代山岳信仰 + 神道 + 仏教 + その他伝来宗教

 

というごった煮宗教だったのです。

 

 

修験道はどうして知られていないのだろう

 「山籠りの修行」という言葉は簡単に通じるのに、「修験道の修行」と言うと通じません。この二つは全く同じ意味なのに、不思議なことです。

 

 実は江戸時代には、「修験道」は仏教系の信仰との融合して経営するようにお触れが出されました。結果として真言宗派か天台宗派いずれかの系列に所属して、仏教寺として経営するように、今でいう行政指導が入ったわけです。結果として、修験道は仏教寺と同じように念仏を唱えて、時々山に修行に行って滝に打たれたりする、仏教の一派として流通します。

 

 しかし修験道の受難はこれで終わりません。明治政府に大政奉還されたのち、仏教は天皇を軸にした国づくりにとって目障りな存在に変わります。天皇の正当性を保証する神道を本質化して、国家的な宗教として確立する必要があると考えられたのです。このときはじめて、仏教信仰を排除した純粋神道の創造が行われました。当然、修験道は弾圧の対象に含まれてしまいました。

 

 

修験道はどこに行ったのか

 こうして苦境に立たされた修験道ですが、その「教え」あるいは「実践」の中には神道や神道以前の古代信仰が含まれていたのは事実です。そこでそのうちの一派は神道色を強くすることでこの苦境を乗り越えました。つまり現代でも修験道の系譜を継いだ信仰が神社の形で残っているのです。

 

 その代表的な信仰の聖地はというと、熊野神社です。熊野権現を祀る熊野三山は修験道から変質した融合神道の神社です。伊勢から熊野古道を通る「熊野詣」は修験道の風習に由来していたのです。修験道がいかに古い信仰だったのかわかるでしょう。なんといっても熊野山といえば奈良時代から霊山として祀られていたのですから。

 他にも様々な形で修験道は現代に受け継がれています。日光山や蔵王山、私の住んでいる鹿児島でも金峰山が修験道の聖地となっています。熊本の阿蘇山にも修験寺があるというから驚きではありませんか。なお以前私が紹介した愛宕山(火産霊神、迦具土神の会を参照→火産霊神とクトゥグア、そして東アジア太陽征伐神話 - TRPGをやりたい!)にも愛宕権現なる修験道の神格が付与されています。

 

 こんにち「神道」あるいは「神社」として十把一絡げに信仰されているものが、実は異なるルーツを持っているということがお分かりいただけたなら、以上のお話のキモは理解したと言っていいでしょう。

 

 

クトゥルフ神話シナリオに使えるの?

 さて、以上の話がなぜクトゥルフ神話TRPGに使えるのでしょうか?

 

 実は修験道の開祖である役小角(えんのおづぬ)は幼少期に呪術の秘術を体得したのはもちろん、水の上を歩き、空を飛び、鬼を使役し、怠け者の神をひっぱたき…

 

どう考えてもお前が化け物だろ!!

 

というレベルの伝説を多数残しています。

 

 そんなどう見ても化け物の頭的な人物が興したのが修験道です。そりゃあご法度扱いにもなるはずです。なんといっても鬼を使役する術と恐れられているわけですから。しかしそれでもなお姿を変えながらもこっそりと受け継がれているのが修験道なのです。秘術とオカルトの匂いがしてきませんか?

 

 古代日本における蛇信仰(縄文土器やしめ縄など)とあわせて、是非とも押さえておきたい古代山岳信仰。鬼や天狗とも関わるこの信仰の中に、日本におけるクトゥルフ神話の片鱗が残っているかも…? そんな期待とともにこの信仰を調べてみれば、きっと日本の歴史や伝統に根ざしたクトゥルフ神話シナリオが生まれることでしょう。