シナリオはいかにして生まれたか(1)テーマの選択とアウトライン 〜「ナンとカレーなダンスを!」を題材に〜
これまでに書いたシナリオを解説しながら、どのような技術がどこで使われているのかを明らかにしていく、そんな作業をシナリオテイスティングと名付けてみましょう。シナリオの作意を知ることは、シナリオ作成技術の向上につながります。
さて、第1回はみなさんからの評価も高い現代インドシナリオ「ナンとカレーなダンスを!」を分解していきます。
テーマの決定
ジョークシナリオではテーマを決定するところで勝負の半分が決まってしまいます。今回は友人たちとの会話で「インドに旅行に行きたいんだよね」という話をしたときに、じゃあ現代インドシナリオをやってインド気分になろうと、かなり病的な提案をしたことが発端でした。
このとき幾つかの案が浮かびました。
- ガネーシャとチャウグナー=フォーンを絡めた典型シナリオ
- ウパニシャッド哲学とアザトースを絡めたアカデミックシナリオ
- カースト間の摩擦を利用した社会派シナリオ
- インド映画を取り入れたジョークシナリオ
これらのどれを書いてもよかったのですが、今回はインド映画をモチーフにしたジョークシナリオにしました。
シナリオ執筆目的からテーマを選ぶ
端的にテーマを選んだ理由を述べると、このシナリオを日本人相手にフリーで公開することを前提としていたからです。もしも身内で私がキーパリングするために書くなら、ウパニシャッド哲学とアザトースを混ぜて、そこにシヴァ神を叩きつけたうえカースト間の対立に苦悶する、そんなタフなシナリオになったと思います(探索者も所属カーストがあって行動制限がある感じの)。
しかしこんなものを用意しても誰も気軽に遊べません。そもそも(少なくとも建前上は)自由と平等の国であるアメリカを舞台にしたシステムでインドを舞台に遊ぼうとするのが間違いなのです。特殊ルールや技能取得制限が必要になり、インド生活の暗部も自然と見えてきてしまうでしょう。私個人はそういうシナリオを好んでいますが、広く遊ばれるためにはこのような個人的趣向にこだわってはいけません。
そしてインド映画×クトゥルフへ
そこでそのような暗部が劇的に逆転され、意図的に崩されているインド映画の世界を参照することにしました。インド映画では「身分違いの恋」という伝統的なテーマが存在し、それを巡って歌とダンスのコメディドラマが繰り広げられるのが常です。インドにクトゥルフを融合させるより、インド映画にクトゥルフを融合させる方が明らかに親和性が高いのです。
映画として喜劇化されたインド世界は、非常にキャッチーでポップな印象を持ちます。インド映画を見たことがある日本人も増えてきましたし、インド映画を見たことがなくとも、4年前にニコニコ動画で一大ブームになった次の動画を知っている人も多かろうと判断しました。
だいたいこの元気な大人数での踊りのイメージさえあれば、インド映画のコアは理解したも同然です(本当にそれでいいのか)。この再生数を考えれば、おそらくインド映画の雰囲気をなんとなく知っている、少なくともなんか踊る映画だということくらい知っている人は多かろうと考えました。
シナリオアウトラインの創造
テーマが決まればあとはそう難しいことではありません。
インド映画の典型的なパターンである「身分を隠したマハラジャの男性と踊り子の女性の恋物語」をシナリオの縦軸に据えます。そのうえで克服するべき困難として邪神に対する信仰を配置すれば、一応の筋が完成します。
今回はインド映画というテーマが決まっているので、この点では特に苦労もありませんでした。
シナリオの箱の大きさを決める
想定プレイ時間
この辺りでプレイ時間を決めます。ここでもやはり公開シナリオという点が優先されます。個人的にはオフセッションで10時間以上かかる濃いシナリオが好みですが、公開シナリオではプレイ時間はテキストで3、4時間が望ましいとされています。この点は先述の通りテーマの選定時点から考慮に入れられています。
また今回の場合はジョークシナリオとしてあるべき長さも意識されています。どんなに面白いジョークシナリオでも10時間笑いが続くことは考えられません。だいたいジョークシナリオなんて出落ちなので、初めの勢いがなくならない間に終わらせるに越したことはありません。
以上の理由から今回のシナリオはショートシナリオとして組み上げることにしました。
想定プレイ人数
また、プレイ人数もはじめに決めてしまいましょう。
これも同様に、公開シナリオでジョークシナリオという都合から、プレイヤーは複数人を想定しました。少なくとも3人くらいいた方が楽しめるだろうと考えたので、想定プレイヤー人数を3人以上とします。
これを決めておけば、どの程度の技能をクリアのために課すことになるかが決まります。今回はダンスと乗馬に加えて、その他いくつかの技能を関門として設けました。しかしジョークシナリオなのでだいたいのところ〈芸術(ダンス)〉があればなんとなります。
邪神の選択:ナグとイェブという決断
ここでしばらくマレウスモンストロルムとのにらめっこが始まります。
インド的な神様で、できれば踊りと関係していた方がいいということを念頭に置いて、邪神たちに目を通します。結果として浮かび上がってくる最有力候補がナグとイェブです。
このプロセスで重要なのは「自分が頭で思い浮かんだ邪神は採用しないよう心がける」ことです。インドの神様でガネーシャを思い浮かべて、象の神だからチャウグナー=フォーンでいこうと考える短絡さは、プレイヤーから「未解明のものに向き合う」という楽しさを奪います。それゆえ、どんなに手間でもこのタイミングでマレウスモンストロルムやルールブック掲載の邪神・クリーチャーに目を通すのを怠ってはなりません。
補足:なぜド定番シナリオは面白くないのか?
正確な定義とも言えませんが、ロジェ・カイヨワが「遊びと人間」において指摘したように、遊びには数種類のものがあります。競争・賭博・模倣・目眩*1と分類された遊びを見るとき、TRPGセッションが複数の要素を持つことがわかります。キャラクターになりきることで「模倣」を行い、ダイスに運命を委ねることで「賭博」を行って、GMの用意した困難に打ち勝とうとする「競争」に身を投じます。
ここでド定番シナリオとしてミ=ゴと戦闘させるだけの簡単なシナリオを想定すれれば、「競争」の要素がダイス合戦である「賭博」に飲み込まれてしまうことがわかります。完全にダイス結果のみによって左右されるシナリオは、一つの楽しさを消失させてしまうのです。それゆえ、どこかで「競争」の要素を演出する必要があり、それはシナリオ内に組み込まれた「ダイスで判定されない要素」によってのみ加えることができるのです。
これを組み込む上で最も重要なのが「すぐには全容を理解できないが、情報を揃えれば間違いなく想像できる範囲の(そしてそれを理解できれば有利に運ぶことができるような)裏側・トリック」を用意することです。この要素を適切な難易度に抑えて作り込むことは高度な習熟が求められる技なので、このシリーズで追って解説します。
ここまで決まれば、大方のアウトラインが決定しました。
このシナリオは…
「ダンス技能を使って、ナグとイェブの信仰から美しい女性を救い出すシナリオ」
ということになりそうです。
次回はシナリオ内の展開の整備について、考えていたことを解説していきます。
*1:厳密には、アゴン・アレア・ミミクリ・インクリスと表現される。わかりにくいので目眩だけ補足しておくと、ブランコやジェットコースターなどの浮遊感を人間は楽しく感じるという意味。