TRPGをやりたい!

TRPGのトビラをひらこう!

ゲーム学の必要性とそれに寄せた個人的期待

先日調べてみたのですが、日本にはゲーム学会、デジタルゲーム学会というものが存在しています。

ゲーム学会Webサイト - Game Amusement Society

DiGRA JAPAN

おそらく、前者がTRPGを含むボードゲームなどを取り扱う学会であり、後者がコンピューターゲームのデザイン論や社会普及を扱う学会なのだろうと思います。

 

まだ学会誌を手に入れていないのでなんとも言えませんが、ひょっとしたら、これらの若い学会において、何かしらの「ゲームを論じる学術フレーム」が構築されているのかもしれません。

 

「・・・なんでそんなものが必要なの?」という疑問を持つ方もいらっしゃるでしょうから、ちょっと今日はそもそも学術的議論とはなんなのかということを、ゲームをテーマにして論じてみようと思います。

 

 

メニュー

1.そもそも「ゲーム」ってなんだろう?

2.ゲームの正しい分解方法

3.ゲームが普及して生まれる変化

4.ゲーム+学からゲーム学へ

 

1.そもそも「ゲーム」ってなんだろう?

みなさんは考えたことがありますか?

実は「ゲーム」という言葉が作り出す対象の輪郭線は、極めて曖昧です。それは「ゲーム」と呼ばれるものの多様性に由来しています。チェスや将棋などの伝統的なゲームに、そこから発達したウォーゲームやボードゲーム・TRPG、トレーディングカードゲームにコンピューターを利用した多様なジャンルのゲーム。ひょっとしたら、鬼ごっこやかくれんぼ、果てはじゃんけんだってゲームなのかもしれません。幼児が二つのブロックを組み合わせられることを発見するとき、そこに見ている「面白さ」や「感動」を『ゲーム性』と呼ぶことができないとは誰も断言できないでしょう。

 

以上に明らかですが、帰納的に「ゲーム」を定義することは困難です。一つ一つの活動を取り出して、「これはゲーム」「あれはゲームじゃない」と繰り返していても、「ゲーム的なもの」は無数に生まれてしまいます。無限に続く分類作業は賽の河原の石積みよろしく、永遠に終わらない苦行の様相を呈してしまいます。

 

そこで重要になるのが、演繹的なゲームの定義形成です。つまり、「いったいゲームとはどういうものなのか」を突き詰めることによって、「ゲーム」の持っている本質的な性質を明らかにしていく作業が重要になるのです。

 

・・・え? そんなことしてなんになるのかって?

何かになるわけないじゃないですか。学術活動なんてそんなものですよ(笑)

 

 

2.ゲームの正しい分解方法

でも、一応の成果物が生まれます。

それは「ゲームを論じる用語法の統一」という非常にありがたい現象です。

 

たとえば「トークン」という聞きなれない語があります。

トークンというのは英語で「代替貨幣」という意味を持つ語です。つまり、価値を代弁する貨幣以外のモノや記号に対して利用されます。ゲームを分解する際に、この「トークン」という概念が重要であるという考え方が一般的になったと考えてみましょう。

 

「このゲームはいったいどうやってゲームの面白さを作り出しているのだろう?」という疑問を持ったとき、私たちはゲームの構成要素を「分解」して「検討」し「議論」することでこれを達成します。このとき、專門用語は非常に重要な役割を果たします。

 

もしも「トークン」という語が知れ渡っていれば、私たちはまずゲームの中から「トークン」を見つけ出すはずです。それはチェスや将棋におけるコマであり、「カタンの開拓者たち」における資源カードであり、ダブルクロスにおける侵食率なのかもしれません。

このように、人々が「同じ分解方法を利用する」ことにこそ、学術的議論の核心があります。工業製品と違って、人間の活動が生み出す多様な活動は、その分解方法が不明瞭であることがしばしばあります。その部品と機能を特定することで、より深い「ゲーム」の理解につながるかもしれません。

 

また、「トークン」を分解して取り出すというルールを知った人同士なら、初歩的な議論をスキップすることができます。それはたとえば、人間の体内にDNAなる物質があるか否かを議論する学者が今やいなくなったのと同じように、いずれは共通認識へと変わっていくはずなのです。そうなれば、議論の時間の多くをもっと重要で込み入った議論に向けることができるようになるでしょう。

 

このように、ゲームという現象をどうやって分解し、理解すればいいのか追究することで、より深いレベルでゲームを理解することにつながっていくのです。

 

 

3.ゲームが普及して生まれる変化

しかし、ゲームそれ自体を分解・考察し続けてもわからないことがあります。

 

「ゲームと呼ばれるもの」が社会の隅々まで行き渡った現代社会では、ゲームを主因として引き起こされる様々な社会現象が生まれています。

典型的なものではスポーツ観戦に代表される、ゲームを通じた統合性と対立の形成を挙げられます。また、ゲームでの成功やレアカードなどの所有が実社会における価値につながり、プロゲーマーやレアアイテム・カードの取引市場が生まれることは今日一般的な現象ということができます。

さらに、教育にゲームを取り入れる試みや、ゲーム性を取り入れたマーケティング戦略なども登場しつつあります。初等教育において、簡単な数字ゲームや言葉ゲームを経験しなかった方は今や少ないでしょう。また、マイレージなどのポイントサービスの発達は、競合他社ではなくその会社のサービスを利用させる誘因の一つとして重要な役割を果たしています。「もう少しポイントを貯めたい…」そんな思いがあなたの消費行動を決定付けたことがあるのではないでしょうか?

 

ゲーム的な現象は、今や社会の中で重要な役割を果たしつつあるのです。

その意味でもやはり、「私たちを魅了してやまない『ゲーム』とはなんなのか」を追究することに意義が生じるのです。

 

 

4.ゲーム+学からゲーム学へ

つまり、二つの方向でゲームを追究していく必要があるのです。

 

第一には「ゲームはどのように作り上げられているのか」という方向です。コンピュータープログラミングはもちろん、ゲームデザインのための多様な手法を分解する必要があります。これによって、私たちはより効率的にゲームを論じられるようになり、ゲームに対する深い理解を生み出していくことができるでしょう。

 

第二には「ゲームは社会でどのような役割を果たしているのか」という方向に探究を進める必要があります。ゲームはときに人を結びつけ、ときに対立させ、人々を突き動かす原動力の一つとなってきました。これを解き明かすことで、私たちはゲームのもつパワー(文字通り「力」という意味でも社会学的に「権力」という意味でも)を理解することができるのです。

 

ここで忘れてはならない姿勢について述べて、文を結ぼうと思います。

ゲームに対する学術的論考は、ゲームを学術的に分解する試みであってはなりません。学術的な用語や哲学、技術は常に発達していくことでしょう。それらを使ってゲームを論じるのは非常に刺激的で知的興奮に満ちた活動であるのも事実です。しかし、ゲームが解剖台の上に置かれ、学術がメスを握る探究活動だけが続くのは、やはり思わしくありません。

ゲーム学は実験科学であるべきです。理論や仮説はゲーム制作・社会実験として常に問いかけられなければなりません。理論はゲームとともに存在し、ゲームとともに発達するのが最も望ましいことではないでしょうか。

 

ゲーム+学という分離状況ではなく、ゲーム学という実験科学として、これからもゲームを論じる学術的フレームの発達が進んでいってほしいものです。また、そうした発達に微力ながら貢献できるように、今後とも研鑽を重ねてまいります。

 

 

追記

ゲーミフィケーションの著者井上明人さんが関係学会をまとめてらっしゃいました。

デジタルゲーム関係論文誌&学会リスト

ゲーミフィケーション―<ゲーム>がビジネスを変える

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