【SWノベル】ぬいぐるみの人:07 ぬいぐるみのボブソン
3発撃ち尽くした。リロードしなければ。
固まりつつある手をようやく動かしながら、リロード操作を始める。
歯を食いしばって、ガンベルトに手を伸ばし、弾丸を三つ引っ張り出す。金属がわずかに指に冷たい。今はその感覚すら、どこか遠くのもののように感じられた。
射撃でこちらの位置が割れただろうか。そうだとしたら、またメデューサの攻撃が来るかもしれない。しかし、もう俺はろくに動くこともできないだろう。となれば、すべてを運に委ねるほかない。
弾丸を一発ずつ、弾倉に詰め始める。慣れた操作が、今は苦しい。指先に毒が回っているのか、痺れが走り始める。
・・・畜生。
ほとんど息を吐くように、こぼす。
その時、草が弾けるような音がして、右肩に何かが刺さった。脳が破裂するほどの痛みの感覚が、内臓をもえぐるように広がる。歯を食いしばって叫び声を押さえつける。
もう傷口を抑えることなどしない。今は一発でも多く、奴に弾丸を撃ち込んでおかなければならない。
(ボブソン、後は頼んだぞ。)
内心でつぶやく。言っている自分でも、それがあまりに死に様のセリフのようでおかしかった。命の危機に貧すれば、こういうことを言ってしまうのが人族というものなのか。
そういえば、子供のころ、死の淵から生還する奇跡を見たことがあったっけ。きっと俺だって、どうにか生き抜くことができるに違いない。
人族は、たくましいんだ。
最後の気力を振り絞って、引き金を引く。
ズバァアン!
その音を最後に、ラビットは意識を失った。
意識を取り戻した時、俺は後方陣地の医療班のベッドに寝かされていた。
やっぱり、生きていた。
ラビットはそれだけを思った。左手の棚には返り血と土で汚れた銃が置いてあり、右手には〈くまのぬいぐるみ〉が添い寝している。こんなことをするのは、あいつしかいない。
「よう、ラビット。起きたか。」
そう思ったところで、白髪交じりのシャドウの爺さん、ボブソンが姿を現す。
「生き残れたみたいだ。」
素直にそうこぼす。それは思ったよりあっけない感覚だった。まるで朝にベッドで目がさめるように、あまりに当然の感覚。自分が何かを失いかけていたことさえ、今ではもう覚束なかった。
「よく眠れただろ。」
ボブソンは〈ぬいぐるみ〉を抱き取りながらいう。
「ああ、〈ぬいぐるみ〉のおかげだよ。」
はじめて、〈ぬいぐるみ〉の存在を許してあげられるような気がした。危険きわまる冒険生活の中で、生命と平穏を教えてくれる〈ぬいぐるみ〉は、年長者なりの旅の工夫なのかもしれない。
「しかし、あんまり長居もできませんね。」
救命草と神聖魔法によって急速に回復させられた体は、すでに十分に活動できる状況にあるようだった。
「おう、行くぞ。」
ボブソンも不器用な笑顔で応じる。
ベッドから降りて、銃を手にとる。
「報酬の支払いは?」
「今からだ。俺がやっこさんを蹴り抜いたんだ、きっと弾んでくれるさ。」
ボブソンは自慢げに言う。二度も蹴りをはずしといてよく言う。おかげさまでこっちはこのざまだったというのに。
ロシレッタに帰還した兵たちは、町の人々に大いに歓迎された。それはさながら凱旋パレードの様相を呈したが、それを心から祝うには、死者を出し過ぎてもいた。
帰還した衛兵詰め所で与えられた報酬は、1500ガメルだった。
「しけてやがる。」
思わずボブソンに不平を漏らす。命をかけたっていうのに、この額はあんまりだ。
「お前は治療費もかかってるんだろうから、我慢しろよ。」
ボブソンが冷静に言う。たしかにそうなのかもしれないが、なんだかつまらなかった。
ふと、ゴートの一団が衛兵詰め所を出て行くのが目に入った。
「ボブソン、ちょっと待っててくれ。」
そう言い置いて、小走りにゴートの元へ向かった。
「ゴートさん!」
俺が声をかけると、ゴートの一団がこちらを見る。
「おお、タビットの狙撃手さんか!生き残れたようで何よりだよ!」
ゴートが陽気に応じて、握手をかわす。
「今回はあまりお力になれず申し訳ありませんでした。」
「いや、あいつは格が違ったからね。それをいえば、前衛の勤めを果たせなかった俺の方が謝るべきだよ。すまなかったな。ぬいぐるみの爺さんにもそう伝えといてくれ。」
後ろの方で待っているボブソンをちらりと見遣って、ゴートがそう言う。
「あの、ボブソンとは以前から知り合いなんですか?」
その態度に、疑問を口にする。
「ん?ああ、そうだな。前に敵に囲まれているところを助け出したことがあってな。〈ぬいぐるみ〉をかばって全身傷だらけになっていたんだよ。笑えるよな、あの爺さん。」
・・・ん?
ボブソンはなんて言っていたかしら?『舎弟みたいなもの?』『俺が育てた?』たしかそんなことを言っていた気が。
「ええ、〈ぬいぐるみ〉のボブソンは奇人ですからね。いつも笑かしてくれますよ。それでは、またの機会によろしくお願いします。」
それだけ言い置いて、早足でボブソンの元へ向かう。
「おい、ボブソン。」
「なんだよ。」
「お前、ゴートさんの師匠、みたいな事言ってたよな?」
「おう、あいつは俺が育てたさ。」
「嘘だろ、それ。」
「あ?」
冗談のような二人のやりとりが、今日もまた始まるのだった。
おわり