【SWノベル】ぬいぐるみの人:06 戦場の蛇姫
(直視しないで撃てるかよ。)
リロードしつつ、ラビットは敵の位置を確認する。
・・・女?
深い緑色の長い髪に包まれた頭をもたげて、女が憂鬱そうにするりと滑り出てくる。薮に隠れて見えないものの、小さく左右に揺れながら、拍子を刻むことなく進む“それ”の下半身が、おそらく二足ではないことは明らかだ。
次の瞬間、強烈な魔力が目から脳髄を貫く感覚が襲った。
その衝撃に一瞬体のコントロールを失いかけたが、精神を集中して踏みとどまる。
「メデューサだ!持ち堪えろ!」
次に叫んだ声は、ボブソンの声だった。
レッサーオーガがいなくなった途端に、いつもの調子で側面から躍り出てくる。
「放て!」
ボブソンが掛け声をかけると、その後方から三つの太矢が飛んだ。
射撃部隊の増援を連れてくるとは、ボブソンにしては気が利いている。
放たれた矢のうち一つが相手を捉えるが、効いている様子はない。
突然の強敵の襲来にも、ゴートのチームは冷静だ。スカウトが大きく回り込んで後ろを抑え、ボブソンを含めて四人で囲むように展開している。この状態なら射撃もやりやすい。
初めに仕掛けたのは、ボブソンだった。
〈ぬいぐるみ〉に巻きつけていた包帯で、赤子のように〈ぬいぐるみ〉を背中に縛っているあたり、ついに本気を出すのかもしれない。
「セイッ!」
低くしわがれた掛け声がして、ボブソンが右足で蹴りを仕掛ける。しかし、メデューサは体をねじるようにこれを躱した。
その蹴り込みに合わせて、ゴートも踏み込み、大剣を振り下ろす。その刃は、上体を一回転させながら、髪を震わせるメデューサを捉えることができない。立て続けに繰り出される、背面からのスカウトの斬り込みをも、ひらりとかわしてみせる。さらにもう一人が側面からアックスを振るも、今度は上体を屈ませたまま前進して、かわしてしまった。腕利きの冒険者四人が同時にかかっても、この蛮族は一撃の傷も受けることなく、不敵な笑みを浮かべたまま、前進を続けてみせた。
このままじゃ俺のところまできてしまうじゃないか!
リロードを終えてボルトを操作し、銃を構える。
「銃なら避けられんだろ!」
狙いをつけて引き金を絞る。その時、ほんの一瞬、メデューサがアイアンサイト越しにこちらを見て、冷たい笑みを浮かべたのがわかった。
(かわされる!)
直感がそう叫んだときには、すでに指先は引き金を絞ってしまっていた。
魔力の破裂音の直後に、メデューサの体が素早く左に動く。
ボン!
メデューサのすぐ隣で、土が弾けるように飛んだ。
(冒険者五人が手玉に取られただと!)
レッサーオーガは所詮この蛮族たちの二番手に過ぎなかったということか。俺たちはとんでもない奴を相手にしているのかもしれない。
焦る手に、ボルトの操作がおぼつかない。
「俺をコケにしやがって!」
かなり接近を許したが、俊足のゴートがすかさず追いついて、メデューサの前に立ちふさがる。続けざまに、他の三人もメデューサを囲む。しかし、この距離では、俺の方にも簡単に魔法を打ち込むことができてしまう。最低でも次の突破だけは、許すわけにはいかない。
五人の冒険者中央で、メデューサは甲高い鈴を鳴らしたような声で笑ってみせる。その声に目覚めたかのように、敵の髪が浮き上がる。
・・・ヘビ?
そう思った瞬間、四方の冒険者たちを貫くように、ヘビの髪が伸びる。
「キャッ!」
ゴートの連れのスカウトが毒牙の攻撃をかわしきれない。しかしその牙は鎧を打ち砕くのにはあまりに貧弱でもある。
髪が吸い込まれるようにメデューサの下に収縮すると、再び強い殺気が脳を貫く感じがして、全身を押さえつけてくる。
(何なんだよ!この全身を押さえつけるような殺気は!)
ボブソンたちはメデューサと向き合って牽制を続けている。次の攻撃を躱されれば、後衛と前衛が一体となった大乱戦に発展するために、なかなか手を出すことができない。といって、手を出さなければ、放たれる殺気のような何かが、俺たちを“固めて”しまうらしい。
この均衡を崩せるのは、狙撃手の俺だけだ。銃口をメデューサに向ける。牽制し続ける四人の冒険者の中央で、メデューサはなおも不敵に微笑んでいる。
「笑ったって不気味なんだよ。」
小さく独り言をつぶやいて、引き金を引く。すでに聞きなれた炸裂音を残して、弾丸がまっすぐメデューサの元へ飛んでいく。瞬間、メデューサは体を小さく反らせた。
ボンッ!
弾丸は再び土を弾いた。その射撃を合図にして、ゴートが仕掛ける。一閃。
メデューサは人間には不可能な動きで上体をスライドさせるように移動して、ゴートの渾身の刃を回避する。ゴートのスカウトがダガーで切り掛かるが、その手は草陰から現れた蛇のような尻尾で弾かれる。
そこにボブソンが蹴りかかると、メデューサは体を大きく持ち上げて回避する。下半身を構成する大蛇の体が、ラビットの位置からもついに確認できた。
刀を振り抜いたゴートが突破を阻もうと体を動かすより早く、メデューサは滑り込むように前衛を置き去りにする。
俺がボルトを操作する一瞬の攻防だった。
来る!あれが、ここまで来る!
体毛の奥で肌が逆立つのがわかる。背中に悪寒が走り、銃を持つ手がわずかに震える。その時だった。
眼球を貫かれたような殺気が走り、膝の関節が瞬間的に硬直した。
あっ。
右足が幹を滑り踏み外す。銃を抱えていた両手で幹を掴もうとしても、どういうわけか肘の関節がうまく伸びない。視界が急に回って、自分が立っていた幹が目の前に見える。その先に、空が眩しい。
青い。
そう思った瞬間、空中で腹部に強い衝撃が走った。その一撃で、視界はまた別の方向に回り、すぐに全身に強い衝撃が走る。
腹部の傷が脈打つように膨らんでいる感覚がして、焼けるような痛みが全身に広がった。
手足がうまく動かない。それでも、まだ死んではいないようだった。硬直した手先はしっかりと銃を握りしめている。
うまく動かない手足の代わりに、体を転がすようにして、うつ伏せの姿勢をとる。草の影から、憎きメデューサの姿と、それを再び囲んだ冒険者たちの姿がわずかに覗く。
・・・撃たなければ。
焼けるような腹部の痛みをこらえながら、伏射の姿勢をとる。硬直しかけた手では、素早く身を翻すメデューサに照準を安定させることができない。
・・・それでも、撃たなければ。
意志だけを頼りに、俺は引き金を引く。
魔力が凝縮された弾丸が、生い茂る草をかき分けて、突き進む。
その弾丸は、ついにメデューサの左肩を貫いた。