【SWノベル】ぬいぐるみの人:03 ぬいぐるみ武術の真髄
「よぅし。」
ボブソンが満足げな声を上げた。ご丁寧に、路肩の雑草の上にはハンカチが敷かれ、その上に〈ぬいぐるみ〉が鎮座する。その座り姿が彼を満足させたようだ。
バータム街道を1時間半ほど進んだこのあたりが、我々二人の担当区域になった。これから1時間ほど、このエリアの奪還を試みる敵を排除すれば、我々の一つ目の任務は完了だ。
「ほら、見回りに行きますよ。」
声をかけてみると、ボブソンは頭だけをこちらに向けて、睨んできた。
「〈ぬいぐるみ〉を置いていくのかよ。」
しらねぇよ。持って行きたきゃ持って行けよ。
そう言いたい気持ちを抑えて、柔らかい言葉を選ぶ。
「もちろん、持っていってもいいよ。でも、」当然付け加える必要のある事柄が。「いつ敵に遭遇するかわからないんだから、どこか安全なところに・・・」
「あ?」
ドスをきかせて、ボブソンが再び威圧する。
「〈ぬいぐるみ〉がねぇと戦えねぇだろうが。」
ああ、俺には意味がわかりません。あなたはグラップラー。コンジャラーではありません。あなたに必要なのは拳と脚であって、〈ぬいぐるみ〉などではありません。
と、頭を抱えたところで、俺は気づいてしまった。タビットには慣れない低い声を出して問い詰める。
「ボブソン。セスタスは?」
セスタス。拳で戦うグラップラーの基本装備。それは剣士にとっての剣、射手にとっての弓のような存在で、戦場では必要不可欠なもののはずだ。
「どこかで落としちまったみてぇだ。あ、は、は・・・」
視線を泳がせながら、ボブソンは〈ぬいぐるみ〉を抱え上げて両手を隠す。
「おい、戦う気あんのかよ。」
さすがに呆れた俺は、そう口にせざるを得ない。
「俺にはなぁ、このスパイクブーツと〈ぬいぐるみ〉があるんだよ。」
理解不能な自信を帯びた発言は、二人と一体の〈ぬいぐるみ〉の間に、小さな沈黙を作り出した。
「とにかく、前衛はボブソンしかいないんですから。お願いしますよ。」
踵を返し、警戒行動を開始する。今この時だって、蛮族が俺たちを狙っていないとも限らないのだ。こんな馬鹿げたことで死んでしまったら、笑い話にしかならない。それはそれでオイシイ話かもしれないが・・・。いや、そういうのは成人したときにやめたんだ。今日は冒険者としてちゃんと勤め上げよう。
ラビットは内心で襟を正すように、新調したライフルに弾丸を一発込めた。
「おい、ラビット。あいつら、蛮族だろう。」
ボブソンが小声で呼びかけてきた。果たして、赤頭の蛮族の姿が、丈の低い草の向こうに見える。
「ラビットくん!その銃で撃ってくれないかな?」
〈ぬいぐるみ〉を動かしながら、声色を変えたボブソンがいう。
「こんな時に冗談はよしてくださいよ。」
ラビットは頭をかかえる。目の前に蛮族がいるのに、よくこの調子で居られるものだ。これが熟練の冒険者の余裕ってものなのか、変人ボブソンの個性なのか。
「おい、早く撃てよ。」
ボブソンが急に通常のトーンでいう。
「言われなくても。」
新調した銃の射程は長い。前の近距離用の銃とはわけが違う。あんなところで走ってもない蛮族の頭を撃ち抜くくらい・・・。
「おい、気づかれてるぞ。」
ようやく構えた銃のアイアンサイト越しに、怒り狂った赤頭がこちらに向かって走ってくるのが見える。
「さっきふざけてたら気づかれたんだ。ほら、早く撃てよ。」
ちくしょう、これだから〈ぬいぐるみ〉野郎はわけがわからん。
やることは一つだ。心を落ち着けて、魔力を銃弾の底に圧縮する。
ズバァアン!
魔力の炸裂音が響くのとほとんど同時に、赤頭の左肩を弾丸が食い破る。
間髪入れずにボルトを動かし、次の弾丸を銃身の底に送り込む。
「他にも来てる。あいつらは俺に任せろ。」
視界の隅でボブソンが走り出る背中が見える。
ボブソンなら蛮族の2匹くらいなんとかなるだろう。大切なのは、こいつをボブソンのところに行かせないことだ。
ズバァアン!
再びマナの炸裂音が響く。確かな手応えを感じる。直撃した弾丸から解き放たれる魔力が、赤頭の胸を貫いた。
「ちょろいねぇ。」
念のため弾丸を再装填しながら、ボブソンの方に目を向ける。
ラビットは、自分の目を疑った。
〈ぬいぐるみ〉を抱えたまま、足技だけで蛮族と戦うボブソンの姿がそこにはあった。
2匹いたはずの蛮族はすでに1匹になっている。ボブソンが旋風脚を繰り出すと、相手のゴブリンはそれを棍棒で受け止める。ゴブリンが棍棒を振って応戦すると、〈ぬいぐるみ〉を抱えたままサイドステップして、ボブソンがそれを躱す。
次の瞬間、ボブソンは〈ぬいぐるみ〉を真上に放り投げた。ゴブリンがそれに気を取られたわけでは全くないが、ボブソンが二段蹴りをくりだし、ゴブリンはのけぞったまま空中に弧を描くようにダウンした。
ボブソンは落ちてきた〈ぬいぐるみ〉をキャッチすると、それを左脇に抱えて、こちらに向かって歩き始めた。
「ラビット、どうだ、見ただろう。」
ボブソンは妙に自慢げに笑ってみせる。
「見てみろ、これを!〈ぬいぐるみ〉には返り血が付いていないんだぞ!」
そう言ってボブソンが〈ぬいぐるみ〉を突き出してくる。
たしかに、蛮族の血はついていないようだった。もちろん、そんなことはどうでもいいことなのだが、なぜかこの爺さん拳闘士はそれを誇りにしているようだった。
実際戦って見せたのは事実なんだし、ここはおだててあげてもいいのかもしれない。
「へぇ、それで、〈ぬいぐるみ〉があれば戦えるってことなの?」
わざと声を作るように言ってみせ、ボブソンの機嫌を取ろうとする。
「あ?」
全く理解できない威圧調の返事で、ラビットの思惑は崩れ去ることになった。