【SWノベル】ぬいぐるみの人:02 作戦会議
衛兵詰め所には、冒険者らしき人々が集まっている。しかし、腕の立ちそうな冒険者はあまりいないようだ。せいぜい自分たちと同格といったところの冒険者が二、三人、隅の方に立っていた。
「酒場みたいじゃねぇか。」
入るなり、辺りの様子を見たボブソンが言う。確かに、丸椅子が乱雑に置かれて、冒険者のパーティたちが思い思いに座っている様子は、冒険者の酒場を思い起こさせた。むしろ並みの酒場であれば、10人以上の冒険者を一度に目にする機会はそうそうない。
「まぁ、座って待っときましょう。」
そう言いながら、進み出て椅子によじ登る。俺の隣の椅子に、大きな〈くまのぬいぐるみ〉が置かれる。それを挟んでボブソンが座る。微妙な距離感を感じずにはおれないし、これでは〈ぬいぐるみ〉の所有者がこちらの方だと勘違いされそうで、気が気でない。
「なぁ、ボブソン。」
〈ぬいぐるみ〉のせいで話しかけづらいところを、あえて呼びかける。
「この〈ぬいぐるみ〉、そっちに置けないの?」
「あ?」
ボブソンが急に威圧する。やはり〈ぬいぐるみ〉は触れてはならない何かなのかもしれない。親だか妻だか娘だか知らないが、きっとそんな重要な人間からもらった、何にも代えがたい存在なのだろう。もしかしたら形見なのかもしれない。
なんでもない、という調子でボブソンの威圧をかわして、また前を見る。
「はぁ。」
一つため息をつくと、いいアイディアが浮かんだ。
そうだ。せっかくモコモコしたものが二つ並んでいるのだから、ここから一切動かないでみて、周りの人に俺のことをぬいぐるみだと思い込ませてみたらどうだろう。それが突然動いて話し始めたら、きっとみんな驚くに違いない。
思いついたなら、やってみればいい。意識を集中し、呼吸を整える。ただ前の一点をぼんやりと見つめて、すべての動作を止める。
そんなことをしていると、演壇にマントの男が颯爽と歩いてきた。ずいぶんと自信ありげに見える男は、第一声で、バータム商会の会長、キントホーフェンと名乗った。
「今回優秀な冒険者たちの助力をいただけることを光栄に思う。謝礼は十分に用意したつもりだ。各位の戦果に期待しているところだ。それはともかく、依頼の内容を説明しよう。」
キントホーフェンと名乗った男は、歯切れの良いよく通る声で説明を続ける。
「本日諸君に参加を呼びかけた作戦は、バータム街道の対蛮族解囲作戦に他ならない。私たちの防衛するバータム街道において、これまでに例を見ない規模の大規模な蛮族による包囲攻撃が行われている。」
そのことは、少しだけ噂に聞いたことがあった。そもそも、ルテティアからロシレッタに移動してくるときも、街道警備兵達の様子が明らかにおかしかった。あれは敵の大規模な攻勢の前に、防衛線を構築していたらしい。
「バータム街道の損失は、ルテティアおよびフェンディル王国へと抜けるロシレッタ港の交易路の損失を意味する。我々はこれを許すわけにはいかない。すでに蛮族の手中に落ちつつあるバータム街道を、ロシレッタ、ルテティアの双方から挟撃、敵を南北に分断し、各個撃破を行う。諸君には作戦の間の各防衛拠点の維持を依頼したい。」
街道は落ちたのか。それなら、緊急に冒険者の助力を要請するのも頷ける。といって、我々は傭兵というわけでもないのだが。
「作戦は私自身が指揮をとる。作戦の詳細は、衛兵長ノワールに説明してもらう。なお、報酬は、こちらで用意した金額を生存した冒険者たちに均等に分配する方式をとる。この時点で依頼に興味を持たないものは、速やかに退出するように。また、ロシレッタに不要の混乱を招かぬよう、街道の現状について口外することがないように命じる。以上だ。」
『命じる』ときた。やはりこの男は冒険者を傭兵か何かと勘違いしているのではないだろうか。とはいえ、街道の防衛ということなら我々だって協力する。傭兵扱いは気に入らないが、今後の冒険者と市民のためにも、防衛戦に手を貸してやらんことはない。
キントホーフェンはマントを翻して足早に立ち去った。質問は受け付けない、ということだろうか。それとも、彼自身の出陣の準備にでも向かったのか。
入れ替わるように、金属鎧を着込んだ男が登壇する。おそらくは衛兵長のノワールという男なのだろう。
「今回の作戦は規模こそ大きいものの、作戦行動自体はそう複雑なものではない。作戦は3段階で進行し、その全段階で冒険者諸氏の協力を仰ぐことになる。作戦の第一段階は、先ほどキントホーフェン会長が申されたように、我々ロシレッタからの攻撃隊とルテティアからの攻撃隊とによって、街道沿いに突撃攻撃を仕掛ける。これによって敵を南北に分断、第二段階では南北の敵勢力を観測し、比較的勢力の小さい一方に集中的な攻撃を行う。この際には防衛部隊と攻撃部隊に別れて、街道の保守作戦を併行して行う。この部隊編成は第一作戦終了後、直ちに伝令兵によって伝えられる。以上の作戦を通じて弱体化した敵に対し、第三段階として、全軍を以って攻撃を実施する。この攻撃に際して、敵の中枢を発見できれば、直ちに撃破を試みるか、敵の抵抗次第では、再度部隊を編成し、敵の中枢に包囲攻撃を仕掛ける。何か疑問点はあるか。」
分断、包囲、殲滅。わかりやすい戦略だが、そううまくいくのだろうか。とはいえ、冒険者は作戦に命をかける必要はない。
一人の冒険者が威勢良く立ち上がって、品のない声で質問を投げかけた。
「編成はどうなってるんだ?弱い奴と一緒に戦うのは嫌だぜ。」
ノワールはその勢いに全く動じることなく、はっきりと応答する。
「安心してくれ。すでにパーティを組んでいる者たちはそのままのパーティを保つことができる。戦力に応じて作戦内の役割が分担されることになるだろう。また、単独で参戦している者がいれば、こちらの衛兵団とともに行動することで戦力の補強を行う。戦力に不満があれば帰ってもらって構わない。」
ふぅん。つまり、俺はこのボブソンと、さらには〈ぬいぐるみ〉と一緒にパーティを組むってわけか。
そのボブソンが立ち上がって、質問を投げかけた。
「作戦中、物資の補給や回復の補助を行う用意はあるのかな。」
皆の目が一瞬こちらに集まり、二つ並んだ〈ぬいぐるみ〉が嫌でも注目を浴びる。
「ああ、魔力の回復なら心配はいらない。こちらの方で魔香草を十分用意しておく。時間の都合上回復量は十分とはいかないだろが、魔法使いの皆さんには存分に力を発揮してもらいたい。それから、傷の治療についても、こちらで用意がある。一時前線から退けば、後方の拠点で補給を受けることができるはずだ。」
そこまで聞いたところで、ラビットは椅子の上に立ち上がった。
「銃弾の補給はできますかね。」
その瞬間、あたりが少しざわつく。ああ、〈ぬいぐるみ〉のふりをしていたのを忘れていた。
「タビット族は珍しいですかね。」
苛立っているような声を作って言ってみる。
「ああ、銃弾の用意もしてある。心配はいらないよ。」
「ありがとう。」
俺が座ると、今度は間に置かれた〈ぬいぐるみ〉が話し始めるのではないかと、会場中が期待しているのが、なんとなくわかった。